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【短編集】現実だってファンタジー
既死廻生のクレデンダ 前編
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どうやら、空を見ないままにこの生は終わるようだ。

「………やはり、見れずに死ぬんだな」
『生存確率は0%である。ただし……』
「ただし、何だ?」
『先ほど制限情報の中に、空を見る可能性を発見した』
「………なんだと?」

 可能性。データでも残っていない空を見る可能性など、本当にあるのか。
 今この瞬間にも命が尽きようとしているのに。構わずに1000号は続ける。

『クレデンダ物理学研究部門の仮説論文である。量子化技術を生体に直接適応した上で量子データを加速シフトさせ、位相空間ロジックを――』
「端的に言え」
『記憶情報を『どこか』の世界へと転送する。行き先の時代の『誰か』に記憶の上書きが起き、結果として2004y担当第3373号男性型と同個体に出現する。理論上ではそうなっているが、成功したとしても実験結果を観測する手段がないために禁忌保管庫にデータが保管されたとある』

 つまり、意識が「向こう」へと飛ぶ。その向こうとやらの空が汚染されていなければ、蒼穹とやらを見る事が出来るということか。荒唐無稽な話だ、とは思わなかった。1000号が可能性があると言ったのだから、クレデンダには本当に成功可能性を有した技術を持っていたのだ。
 ただ、それを禁忌情報にした理由は分からなかった。生産性のない情報は削除するのがクレデンダだ。なのにデータが残っていたということは、ミランダに対抗する手段としての応用方法があったのかもしれない。

 しかし、言葉としては理解したが詳細が余りにも不明瞭だ。転送されたのは記憶であって、『彼』と同一ではないのではない可能性がある。また、理論上という事は結局何の意味もなく死ぬだけかもしれない。本当にその先に空はあるのかさえわからない。転送直後に肉体が死ぬかもしれない。

 だが、議論する時間もなかった。死が訪れるまであと30秒もない。焦りばかりが加速する。

「可能なのか」
『プログラムの解析は終わった。後は当該AIに備蓄された予備電力とOTの補助で発動可能である』

 そうか、と返事しかけ、ふと背筋が凍る。
 記憶を送ると言ったが、この場合送られるのは『彼』の記憶だろう。
 ならば――もう一人の記憶は?

「――1000号は、どうなる。お前の記憶は、いや、存在は?お前は俺と融合している」
『不明。データの吸い出し時にともに量子化して跳ぶことは理論上可能だが、転送先に当該AIの情報を上書き可能な媒体がないため消滅する可能性が高い』
「なっ――」

 一瞬、身体が止まった。
 それはつまり、空の情報を与えてくれた1000号と――自らの自我を確認できる存在、1000号との別れが訪れるかもしれないということ。『彼』にとっての日常の崩落にして、脳の一部の欠落。すなわち、「自己」の喪失
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