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[2]次話
私は、楽器です。
……いや、正確に言うと、私は、楽器でした。
私の叫び声は、ご主人様を喜ばせるためのものです。
肌を硫酸で焼かれ、傷付けられ、殴られ、蹴られ、潰され……そのたびに私は泣き、叫ぶ。
その声を聞き、満足げな、冷たい笑みを浮かべ、また新しい傷を作る。
私は何も考える事を止めました。
楽器、楽器、私は楽器。人間ではない、奴隷。人の形をした物、物体……楽器。
いつしか、そう考えるようになりました、痛みを感じたら、その感じ方、強さに応じた叫びを上げる。
強い痛みにはフォルテシモで、弱い痛みにはピアニッシモで。
繰り返される痛みにはビブラートをかけて……叫びました。
私は、全身が爛れ、傷付き、身体か心のどちらかが壊れたら捨てられる……打楽器だったんです。
今の私?
ええ、もしかしたら、今でも楽器かもしれませんね。
ご主人様、……新しいご主人様に応えて、叫ぶ。
そこは、同じなのかもしれません。
でも、その叫びは前のご主人様のものと全く違います。
暴力と痛みしか与えてくれなかったご主人様が死んで……新しいご主人様のもとに来ました。
物のように心を閉ざしていた私を……殴らず、優しくなでてくれたんです。
そして、美味しいものを食べさせてくれて、ふかふかのベッドを与えてくれて……。
綺麗なお洋服も、色とりどりの髪飾りも……靴下なんて、生まれて初めて履きました。
そして、そして、ご主人様は、……私に……。
愛、を、与えてくれました。
肌を焼く熱い痛みではなく、体の奥から、心の奥から湧き出て、私に注ぎ込まれる、たっぷりの熱い愛を。
今の私も、楽器です。
ご主人様の愛に応え、歓喜の歌を叫び、注がれる愛にフォルテシモで叫ぶ。楽器。
ご主人様の柔らかな囁きに、頭を優しくなでてくれるご主人様の手に、ピアニッシモの吐息を漏らす、楽器。
私の体内に、肌に、ご主人様の音符のいっぱい詰まった歓喜の歌の楽譜が、毎夜毎夜、いっぱい書き記される。
お医者様であり、大指揮者であるマエストロ。
今の私は、楽器です。
今夜も私をいっぱい演奏してください。
いつか、あなたの楽譜が、私のお腹の中で新しい曲を奏でる日が来ることを願って……。
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