ドゥーチェ・アンチョビと西住みほ
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「最初のは私たちがいつも飲んでる奴。次のは――本当は準決勝に進んだ時の祝杯用だった奴だ」
「え!? そんな大事なものを、なんでわたしに」
薄明りの中でみほが戸惑いの声を上げると、アンチョビの手がそっと髪の毛に触れる。
「みほ、2つのブドウジュースの値段は積み上げた年数と同じ――30倍は違う。じゃあ聞こうか。2つめのは30倍美味しかったか?」
「いいえ、そんなことは無いです。確かに2つめのワイ――ブドウジュースは30年の時間を感じる深い味がしましたが、だからと言って最初のが不味いなんてことは……全然無かったです」
「そうだ。古ければいい、高ければいい。伝統があるものが正しい。……逆に、安ければいい、新しければいい――そんな単純な事じゃぁないんだ。色んな見方をすれば、どっちも『いいもの』なんだよ」
「はい」
「偉そうな事を言うが……戦車道も同じじゃないかな、って思うんだ。いろんな戦車が、いろんな子がいたっていいじゃないか。その子たちが精一杯頑張れるよう、助けとなり背中を押すのが隊長の役目。そうだな? みほ」
「…………」
勝利こそ全て、統率、訓練に次ぐ訓練、隊長への絶対服従――みほは黒森峰と全く違う大洗の戦車道に思いを巡らせてから、はっきりとした声で答えた。
「はい!」
……眠れない。
産まれて初めて飲んだ大人のブドウジュースのせいなのか、それとも、隣で女の子が寄り添って寝ているからなのか。
――最後に誰かと一緒に寝たのは、いつの頃だっただろう――。
みほは隣のアンチョビの体温をじかに感じながら、子供の頃の思い出に浸る。
「お姉……ちゃん」
目を閉じたみほが、優しかった頃の姉――まほの顔を瞼の裏に浮かべた時……アンチョビが異国の言葉をささやいた。
「ヌンク・エスト・ビベンドゥム。ヌンク・ペデ・リーベロー・プルサンダ・テッルース」
「ぬんく、えすと……?」
「『今は飲むときだ。今は気ままに踊るときだ』……ホラティウス、古代ローマの詩人だよ」
(あれ? ダージリンさんみたい……)
彼女の口から、格言? いや、詩の一節が出てくるなんて――みほは、暗闇の中で目を丸くした。
「そして『メメント・モリ』……死を忘れるな。――ローマの将軍は、勝利を祝う凱旋のパレードの時にこの言葉を使った」
「凱旋? 死……? あの、戦車はカーボンで守れらてるから安全で――」
薄暗い闇の中でアンチョビの瞳の光が消える。
ちゅっ。彼女の唇がみほの額に軽く触れた。
複雑で芳醇なワインの匂いと、甘いアンチョビの身体の匂い……ほのかに香る、上品な香水。
目を見開く。大きな釣り目の中の瞳の光が戻ってきた――みほの鼻先で。
ワインの香りのする息遣いが聞こえる。互いに数センチ顔を出せば唇が触れ合う、近い近い距離。
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