ドゥーチェ・アンチョビと西住みほ
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「はい……」
「じゃ、最初は一口」
目の前のワイングラスに、濃赤色を帯びたブドウジュースが少しだけ注がれる。
アンチョビのグラスには、なみなみと。
「今日の大洗女子の勝利を祝し、そして、これから試合の勝利を願って……乾杯(チンチン)!」
カチン! と2つのワイングラスが乾いた音を立てると、葡萄色の水面が波立った。
みほの眼の前で、ゆらゆらと揺らめくブドウジュース。
その先には、グラスをくいっと傾け、喉を鳴らすドゥーチェ・アンチョビ。
葡萄色の液体を半分飲んだ彼女は勝ち気な釣り目を少しだけ緩め、頬を僅かに桃色に染める。
「ふうっ。……さ、みほも」
みほは意を決してグラスに唇を付けた。
グラスを傾けると、甘味と香り……爽快な味と、ぴりぴりとした心地よい刺激が、舌と喉を通り過ぎていく。
「あ、美味……しい?」
アンチョビはワイングラスにブドウジュースのおかわりを注ぐ。
今度は多めに口に含んでみると、みほの身体の芯がじわじわと熱くなってきた。
「ぷはぁっ!」
「フルーティーですっきりとして飲みやすいだろう? じゃぁ……今度はこっち」
目を輝かせて口を三日月みたいにして笑うアンチョビが、背嚢からもう1本の瓶をワイングラスを取り出す。
瓶のラベルのイタリア語の中に「1982」の数字が見えた。
「学園艦秘蔵の30年物だ、こっちも飲んでみろ」
コルク栓をポン! と開けると、部屋中にえも言われぬ不思議な香りが漂った。
「さっきのと飲み比べてみるといい。じゃぁ改めて……乾杯!」
不思議な色。
目の前のブドウジュースは更に濃く、やや焦茶色がかった――アンチョビの瞳を思わせる深い深い柘榴石(ガーネット)。
その香りは、先ほどのそれとは異なっていた。爽やかさは無い。重く、さまざまな香りが絡み合った複雑なもの。
「い、いただきます……」
西住しほが、産まれて2度目のブドウジュースを舌に乗せ、口の中でゆっくりと味わってからこくんと飲み干した。
「……」
「どうだ?」
「苦い様な、渋い様な――でもその奥にほんのりとした甘味が。あ、木の香りもします。……重くて、深くて、よく分からないけど、大切な……味が」
「ふん、初めてにしてはよく分かってるじゃないか。それが歳月を重ねた大人のブドウジュースの味さ。ちなみにお値段は――」
アンチョビが悪戯っぽい笑みを浮かべた後、歯を出してニヤニヤ笑いながら、おいでおいでをする。
口元に耳を近づけると、囁き声で言葉をつづけた。
「……円」
「!!!!」
借りているマンションの家賃1ヶ月分が飛ぶ金額。
聞いた瞬間、パジャマ姿のみほは後ろにひっくり返り、ベッドに上半身を沈めた。
「おい、大丈夫か?」
みほが目を覚ますと、自分がベッドに
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