西絹代とアンチョビ
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に名馬がいると聞き及びまして、ついこのようないでたちにてお邪魔してしまいました」
「名馬……」
このアンツィオには彼女の言う通り馬術部があり、他校……例えば聖グロリアーナ……に引けを取らぬ名馬や騎手がいる。
しかしながら、この格好でここに来たという事は……。
「不躾に不躾を重ねる形となり大変恐縮ではありますが、寄港地で隣り合ったのも何かのご縁。貴校の名馬にぜひ騎乗したいと思い立ちまして」
その瞳には何の嘘偽りもやましい思いも無い。
単純に、いい馬がいるから乗ってみたい。その一心のみであることはすぐに悟った。
なんと厚かましく、なんと大胆で、なんと純粋なんだろう!
「分かった。馬術部に連絡を取るから待っていてくれ、西隊長」
「突然の申し出にも関わらず親切なお心遣い、痛み入ります」
応接間の内線電話に向かう私に、深々と頭を下げる。
無礼なのか丁寧なのかよく分からないが……私はもう負けていたんだ。
彼女の頼みを断ることは、出来なかった。
馬術部の部長は見知らぬ人間を馬に乗せるのを躊躇ったが、どうにかこうにか説得の上要請に応じてくれた。
知波単の西、という名を出した時、電話の向こう側の空気が変わったのを感じたが……気のせいだろう。
馬術部が馬装を施す間に私は制服を統帥(ドゥーチェ)服に着替え、西を馬場に案内する。
「我がアンツィオの名馬と言えば Diavolo di marrone(褐色の悪魔)。競走馬上がりの気性の荒い馬と聞いている、大丈夫か?」
「話してみないと分かりません。駄目なら、退きます」
「話す? 馬と……か?」
「はい」
馬場では馬術部の一同が大きな馬を携え、緊張気味に我々の到着を待ち構えていた。
「初めまして知波単の西さん。お名前はお伺いしています」
「こちらこそどういたしまして。これが褐色の悪魔号……なんと美しい」
「気性が荒いです、どうかお気を付けて……」
「いいや。この子は優しい眼をしている」
空気が違うのは気のせいでは無かった。戦車乗りよりは優雅とはいえども、アンツィオっ娘であることに変わりない生徒たちが、まるで貴族の訪問を受けるかのに背筋を伸ばし、西隊長を迎える。
蹄を鳴らし鼻息を荒げた馬の隣に西が進み、静かに鼻筋を撫でると……荒馬は旧知の友人に逢ったかのように大人しくなった。
「初めまして。ディアヴォロ・ディ・マローネ。私は西、西絹代だ。よろしく」
人馬一体。
巨大な鉄の馬を乗りこなす戦車乗りにとっても通じるものがあるが、ましてや人間が馬を……生き物が生き物をを操る乗馬であれば、その重みもまた違ってくる。
馬術部でも限られた人間にしか言う事を聞かないプライドの高い馬が、初めての人間の意のままに駆け、障害柵を軽やかに飛越していく。
西隊
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