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第一章
理性
甲子園球場はだ。今日も興奮の坩堝にあった。
「勝てや!」
「打倒巨人!」
「絶対に勝てや!」
「今日こそはや!」
こうだ。口々に言ってだ。一塁側はおろか球場全体を黄色と黒で埋め尽くして応援をしていた。
そうして球場を揺れ動かしながらだ。彼等は試合を見るのだった。
しかしその試合はだ。彼等にとって無惨な結果であった。
よりによってだ。巨人に負けてしまったのだ。こうなっては。
「何で負けるんじゃ!」
「巨人に負けるとは何事じゃ!」
「アホ!ボケ!カス!」
「地獄に落ちろや!」
こうだ。口々に叫んでいた。
彼等は怒り狂っていた。誰がどう見てもだ。
甲子園は怒りの渦に包まれていた。その中にだ。
彼がいた。背広のまま球場に来てだ。それでビールを飲みながら叫んでいた。
「何でいつも負けるんや!」
彼はこう喚いていた。見れば細い吊り上がった眉に引き締まった細長い顔立ち、日に焼けた肌、高い鼻を持つ美男子である。顎は先が曲がっており短めである。目は一重で垂れている。黒髪を丁寧にセットしている。
背が高い。それに引き締まったいい身体をしている。その彼がであった。
喚いていた。それもかなり感情的にだ。
「わしが見たらいつもやろが!」
「えっ、先輩けれど」
ここでだ。隣にいるまだ高校生に見える若い子が言ってきた。彼もスーツだ。茶色がかった髪に女の子みたいな顔をしている。背は一七〇程で彼より十センチは低い。
「この前言ってたじゃないですか」
「何てや」
「先輩が応援に行くと阪神は絶対に勝つって」
「そやったか?」
「そうですよ。言ってましたよ」
「覚えてないな」
これが彼の返答だった。
「そんなことは」
「そうですか?」
「そや。それで田所君よ」
「はい」
「帰ろか」
こうだ。その後輩田所裕也に言うのであった。
「ここにおっても腹立つだけや」
「ヒーローインタヴューはじまりましたね」
「小笠原か。けったくそ悪い」
グラウンドのお立ち台を見てだ。顔を歪ませて言い捨てたのである。
「金で巨人に言った恥知らずだ」
「恥知らずですか」
「巨人に行く奴は全員そうじゃ」
ビールを飲みながら言うのであった。
「巨人は何や!」
「先輩の大嫌いな球団です」
「ちゃう、巨人は日本国民の敵や」
随分と大きなことを言う。
「この赤坂学にとってはまさに親の仇や」
「先輩のご両親お元気なんじゃ」
「親父もお袋も阪神ファンや」
関西ではよくあることだ。関西の殆どの人間が阪神ファンなのだ。
「爺さん婆さんも親戚も皆阪神や」
「巨人は?」
「そんな奴は一人もおらん」
まさに黒と黄色であった。
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