暁 〜小説投稿サイト〜
鎮守府の床屋
番外編 〜喫茶店のマスター〜
後編
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ことはきっともうないだろう。僕の目からは相変わらず涙が流れていたが、それは混乱や悲しみ、情けなさから来る涙ではなく、北上さんの言葉を受けての嬉し涙だった。

「だってさ。トモくんいたら私、マンガ読むのに集中できるからね」

 僕の涙は半分乾いた。

「えー……北上さん……本気ですか……」
「本気だよー。いつもありがとね。そしてこれからもよろしく」
「うう……北上さん、僕、ここの客でいいんですよね?」
「そうだよ?」
「んで、北上さんはこのお店のマスターですよね?」
「そうだよ?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……はい。分かりました」
「ありがとね♪」

 まぁいいけど。北上さんのお店に来られるなら……こうやって話が出来るなら、この人と一緒にいられるのなら、それぐらい別にいいけれど。

 ……そして今日。僕はある決意を胸に秘め、このミア&リリーに来た。事前にバーバーちょもらんま鎮守府で髪を整え、北上さん好みのさっぱりした髪型にしてもらい、髭も剃ってもらって準備は万端だ。

 ハルさんの店を訪れた時、僕は何も言ってないのにハルさんは開口一番『よーし今日は気合いれるぞー!!』と言い、とても丁寧に、今までに見たことがないほどに真剣な眼差しで髪を整え、髭剃りしてくれた。シャンプーしている間の顔は見ることが出来ないので分からないけど、恐らくはいつも以上に気合が入った表情で洗ってくれているのだろう。

「はい終わり! 男子力が上がったよ!!」
「ほっ! そ、そうですか? ありがとうございます」

 着ている服のセンスもいいハルさんにそう言われると自信が湧く。お子さんが僕の顔を見てニパッと笑って声をかけてくれた。

「トモー。さんぱつしたトモはかっこいいくまー」
「ほんとに? ありがとう」
「ほんとだくまっ。きっと母ちゃんもほれるくまー」
「それはまいったな。トモが俺のライバルか……」

 いやいや勘弁してくださいよ……ハルさんの奥さんって会ったことすらない人なのに……

「大丈夫。うちのカミさんと北上は人のものには手は出さない主義だから」
「?」
「うちのカミさんがトモにほれるっつーことは無いってことだよ」
「はぁ……?」

 ハルさんが言っていることがいまいちよく理解出来ない。人のもの? だからカミさんは手を出さない?

 ハルさんの元に、息子さんが走ってきた。息子さんはいつものようにアホ毛をピコピコと動かしながらハルさんの足にまとわりつき、楽しそうにはしゃいでいる。

「トモ。勇気が出ることを教えるよ」
「はい?」

 ハルさん……まさか今日、僕が何をするつもりなのか見抜いているのだろうか……?

「まぁ多分、気付いてることだろうとは思うけど……」

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