暁 〜小説投稿サイト〜
鎮守府の床屋
番外編 〜喫茶店のマスター〜
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…隣の床屋さんと私は、別に夫婦じゃないよ?」
「そうなんですか? でも前に仲良さそうに話してたし……」
「ちょ……やめて……腹痛い……ひー……面白い……」

 マスターは苦しそうにヒーヒー言いながらそう教えてくれた。おとなりさんとマスターがご夫婦だと言うのは、どうやら僕の早とちりのようだ。

 でもだってあのアホ毛の子、なんとなくだけどマイペースなとこがマスターそっくりなんだもん。あんなにそっくりだったらマスターの子だと思っちゃうよ……マスターもそんなに笑わないで下さいよ……。

「やめてくるし……ひー……これ以上は……クマ姉に怒られる……」
「? クマ姉?」
「そ。隣の床屋さんの奥さんで、私の姉。だからお隣さんと私は兄妹……ぶふぉっ……ひー……」
「そ、そうなんですか……」
「しかしこれは……あとでハルに報告しとこ……」

 この、僕の目の前で今まで見たこと無いほどに楽しそうな顔のマスターを見て、なんだかとても恥ずかしいような……でもお隣さんとはご夫婦じゃなくて兄妹と知って、なんだかちょっとホッとしたような、不思議な感覚を覚えた。

 同時に、この人のことをもっと知りたいという気持ちが芽生えた。今までは、このマスターのいるお店の心地よさに惹かれて、僕はお店に顔を出していた。

 でも多分……いつの頃からかそれが、この人への興味に変わっていたんだ。僕は、この人のことをもっと知りたい。友達になりたい。この人ともっと仲良くなりたい。

「あ、あの……」
「ひー……ひー……ん?」
「ぼ、僕は桜庭智紀(トモノリ)っていいます!」
「おお。トモくんか。常連さんになってくれてけっこう経つけど、初めて名前を教えてくれたね。私もトモくんの名前を知りたかったんだ」

 マスターにそんな風に思ってもらえてたなんて、なんだか胸が温かい。店内は全然暑くないのに、なんだか顔がカッカカッカしてくる。

「私は北上。トモくんよろしく」

 一通り呼吸困難と闘いながら笑い続けたマスターは……北上さんは、その後僕に自分の名字を教えてくれた。その時なぜか少しだけ、店内がグレーに染まった気がした。

「……」
「ん? どうかした?」
「あ、いえ。なんでもないです。北上さんよろしく」
「うん。……んで、今日はどうする?」
「えと……んじゃカフェオレお願いします」
「ほーい。んじゃいつものとこで待っててね」

 僕はフルネームを教えたのに、北上さんはファーストネームを教えてくれなかったことに、僕はほんの少しだけショックを受けたみたいだった。外の風景よりも店内の方が少しだけグレーに見えたのは、きっとそれが理由だったんだろうと、今では思う。


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