番外編 〜喫茶店のマスター〜
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。熱さが手に伝わり、さっきまで外の灰色の世界にいて冷えきっていた両手を無理矢理に温めてくれた。
火傷しないように注意しながら、一口だけカフェオレに口をつけた。その途端、コーヒーの香りと優しい甘さが口に広がっていく。口に含んだ温かいカフェオレは、手だけでなく、僕の身体にもとても熱くて、僕の胸を温めてくれる。
「ほっ……」
自然と溜息が出た。その時、僕の胸に突き刺さっていた何か気持ちの悪いオリのようなものが取れたかのように胸が軽くなることを感じ、それがカフェオレの心地いい温かさと甘さのおかげだと気付くのに時間はかからなかった。
「あ……」
再び外を眺める。外を寒そうに歩く女性の手には、真っ赤な手袋がされていた。僕自身の世界に、ほんの少しだけ色が戻った瞬間だった。
さっきの店員さんを見ると、やっぱりマンガを読みふけっている。最初は僕の妙な雰囲気を感じてコーヒーじゃなくてカフェオレを作ってくれたのかと思ったけれど……別にそんなことはないようで、僕の方に興味があるわけではないようだ。
……もっとも、今はそれがありがたいけれど。何か優しい言葉をかけられてしまったら、僕は泣いてしまうけれど。
そのまましばらく優しいカフェオレを堪能したあと、店員さんにお会計をお願いした。店員さんは読みかけのマンガを開いたまま、今時珍しい年代物の木製のレジをのんびりと打ってくれた。店内に鳴り響くタイプライターのような打鍵音が、僕には心地よく感じた。
「あの……」
「んー?」
「カフェオレ、ごちそうさまでした。でもなんで?」
「んー……よくわかんないけど、なんとなく甘いのが良さそうな顔をしてたから……かな?」
「僕、甘党に見えますかね」
「そういうんじゃなくてねー」
唐突に、店内に黒電話のベルの音が鳴り響いた。これも今時珍しい。でも僕が知っている黒電話の呼び出し音とはだいぶ違って、音が控えめにされている。だからかもしれないが、その音をうるさいとは思わず、懐かしさと変な可笑しさだけが印象に残るような、そんなベル音だった。
「あ、ちょっとまってねー」
「はい」
僕に断りを入れた後、店員さんは電話に出た。『ちょっとまってね』と言われたことが、僕には妙に嬉しかった。知り合いではない、まったくの他人と少し話が出来ることが、今の僕にはありがたかった。優しくされたくはなかったけど、なんとなく誰かと話をしたい……そういうめんどくさい状況だった。
「はーい。どうしたの? ……えー……自分で取りにきなよー……」
店員さんは本当にめんどくさそうに……僕の方に向けている背中から『うわー……めんどくさい……』というオーラを振りまきながら電話で受け答えをしていた。
「んー。分かった。待ってるから」
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