暁 〜小説投稿サイト〜
夢幻楽章
夢幻楽章
[3/3]

[9] 最初
椅子の座面の半分ほどを占めて座っている。そんなことを考えながら、僕はようやくやって来たオムレツを半分に切り分けた。
 食事の間も、エリは時折カトラリーを取り落としたり、食べ物をこぼしたりと、何というか相変わらずだった。その度にサキが「もう、しょうがないな」と言って彼女を小突き彼女がてへへと笑う一連は、僕にはもはや自然の事に感ぜられてしまっていた。そんなこんなで食事が終わると、デザートを食べようということになった。僕は別にデザートは要らなかったのだが、女の子たちが折角だからと言うので、僕の分は適当に選んでくれと言った。するとエリがすかさず手を挙げて「ティラミス!」と言った。彼女は既にティラミスを注文することに決めていたのだった。僕は「そうしよう」と言って微笑み、席を立ってトイレに向かった。
 トイレから出てくるとそこには、聖書を手にして佇むシスターのような恰好で、ミオが例の文庫本を持って立っていた。トイレが空くのを待っていたのだろうか。しかしそれは僕の後にトイレを使うということだと思うと、恥ずかしいような、申し訳ないような、居心地の悪さがあった。それで僕は軽く会釈のようなものをしてそそくさと席に帰ろうとした。ミオの脇を通り抜けようとした時、彼女は小さく「(いや)」と発した。僕は思わず立ち止まった。心の中を読まれたような気がして余計に気恥ずかしくなったあまり、足を止めてしまったのだ。或いは彼女の声を初めて聞いたことも理由かも知れなかった。「エリの事なんだ」と彼女は切り出した。「エリは小さい頃からずっとピアノをやっていて、上手だった」僕は少し意外に思った。一つはエリが見た目に似合わずピアノの名手だったことに、もう一つはミオがまともにしゃべれたことに。するとミオは「失礼ね」と?笑んだ。僕はまた心を読まれた気になったが、それがどちらの感想に対してのものかはわからなかった。或いは両方だったのかも知れない。「でもエリは二年ほど前、事故に巻き込まれてしまったの。私も詳細は知らないんだけどね。それで、その後遺症でエリは指がうまく動かなくなってしまったんだ」とミオは続けた。瞬間、僕は今日これまでの事の全てに納得した。けれども何と言えば良いのか、言葉は見つからなかった。目の前の光景がゆっくりとぼやけていった。僕は、泣いていた。僕は静かに目を閉じた。
 はっと目を開けると、僕は冷たい木の机の上に突っ伏していた。夢の名残は目に微かに溜まっている涙だけだった。耳許のイヤフォンが、ハイドンのピアノソナタ六十二番の第二楽章を慈しむように歌い出した。
[9] 最初


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ