39.『免疫細胞』
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鳥葬、というものがある。
人間の死体を鳥に食べさせることで、その血肉を大地に還す――とても古い文化だ。
ごく一部では神が降臨した今でもこの儀式によって大地に肉体を還すという考え方が残っている。
自分はそうではない。
ごく普通の、極東の火葬文化に馴染んで育ってきた。
鳥葬の文化を耳にしたのは、一目惚れした旅人からだった。その時は随分とグロテスクな儀式だと恐ろしく思い、そんな様子を見た旅人は「昔の話だから」と慰めてくれたものだ。
彼との1日が重なるほどに仲は親密に、なお愛おしく。
引力に惹かれるように、心は彼の瞳に吸い寄せられていった。
そして――。
「浄蓮……いますか?」
はっ、と物思いにふけっていた思考が現実へと戻ってくる。
部屋の戸から響く、どこか年齢を感じさせる女性の声。自らの主神の声だ。
「ここにおりますえ、主神さま。どうぞお上がりなさって……」
「では、失礼しますよ」
戸が音もなくスッ、と開き、主神オシラガミが部屋へ上がり込む。質素な着物を着こむその佇まいは、オラリオの大胆な服を好む女神たちと違ってどこか気品がある。一部の神からは面白半分に「熟女神」などと呼ばれているが、なるほど確かにこの女神からは成熟した美しさが感じられる。
そのオシラガミの瞳がすっと見咎めるように細まる。
「また、その傷跡を見ていたのですか」
「ええ……これを一日一度は見ておかんと、『初めて』を忘れそうになってしまいますさかい……」
自らの腹部に刻まれた、美しい肌を侵すよな醜い傷跡。一日に一度、必ず服を脱いではそれを鏡に映してそれを指でなぞる。そうすることで、これが刻まれた日の記憶を鮮明に喚起させることが出来る。
散々に抉られたような傷跡は枝分かれするように広がり、その様はまるで彼女の腹に棲みついた八つ足の大蜘蛛のように異様な存在感を放っている。
この傷跡を消し去ることも、出来ない訳ではない。
しかし、浄蓮はこの女としての辱めを敢えて体に残し続けた。
全ては来たるべき日に果たす復讐の為に――胸の内で今も暴れ続ける狂おしき獣を解き放つ、その日の為に。
「……まだ忘れられませぬか。その胎を抉られた日を」
オシラガミから注がれる、哀れみの籠った視線。
過去に囚われ続け、下法に堕ちる修羅の道へと歩んだことに、今更後悔などありはしない。それを分かっていてもこの神がこちらを憐れむのは、その執念が過去と結びついて解けないからなのだろう。過去を恨み、過去を悔やみ、過去に生きる――きっとこの主神は未来を見てほしいのだ。
しかしできない。これだけは、死しても手放すことは出来ない。
「どうして忘却出来ましょう?消えまへんよ
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