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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか
10.『死』の喚起
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死妖精(バンシー)』っていうのは別に不吉な存在じゃないんだとさ。誰かの死を予見して泣いているだけで、誰に何を齎す訳でもない。ただの無害な泣き虫妖精だ」
「え……そうなのですか?」

 初耳だった。そもそも精霊の性質など、余程詳しい人間でしか知りえない。それこそクロッゾの家系のように妖精の意志を感じ取れる特別な血筋でなければ精霊の事を与り知ることは出来ない。
 だから、アズライールは『死妖精』の不吉をこんな穏やかな顔で否定できるのだろう。

「『死妖精』は死すべき存在の死に対して泣く……それは、予見できるからこそ未来に訪れる別れを惜しんでいるに過ぎない。付き合いもない誰かの為に泣ける優しい妖精だよ………人が勝手な思い込みで『死を呼び寄せる』なんてガセを流しているけど、それを君自身が半ば受け入れてしまっていたという事こそ、君の心のしこりだ。間違った『死妖精』の幻想だ」

 つまり、彼はこう言いたいのだろうか。
 自らの中にある『死妖精』をあるべき姿に戻せ――心の中で死を肯定していた自分自身を受け入れて、幻想を振り払うべきだ、と。

「『死妖精』を振り払うおうとするのが間違いで、『死妖精』をあるべき形に正す……それが、私が自分自身に科した呪いを解く唯一の方法……?」
「ま、そういうことだね。ある意味『死妖精』って言葉は図らずとも君の逃げ道になってたわけだ。自分の所為で仲間が死んだと思い込んで他者との接触を避ける……それは、辛い現実から逃げるために理由を求めたとも言える。これからは、望んだ『死妖精』の形を探したら?」



 的確に自分の心を突いて案内された先にいるのは、『死妖精(わたし)』。

 闇が相応しいと引きこもっていたその『死妖精』に明かりを当てて、手を差し伸べる。 

 涙に腫れた目をキョトンとさせる『死妖精』に、私は「気付いてあげられなくてごめん」と謝る。

 そして、これからは共に笑い、共に泣き、ありのままを受け入れようと誓った。

 『死妖精』は躊躇いがちに――私の手を取った。



 = =



「私的な相談に乗っていただき、誠にありがとうございます。貴方に会えてよかった……」
「気にしない気にしない!それよりむしろこっちが長々と喋っちゃって悪かったね?そんじゃ、聞きたいことも聞けたからそろそろ俺はお(いとま)するよ」

 そう告げると、アズライールは二人分のお茶の代金をテーブルの端にちゃら、と置いて席を立つと、一度大きな伸びをして欠伸を漏らした。

 不思議な人だ。
 死を司るとまで噂される男はふと知的なことを言ったかと思えば、ちょっぴり幼稚な所も垣間見える。掴みどころがないのに、気が付いたら彼には『死妖精』についての講釈まで受けてしまった。そのまま去ろうとする彼
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