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「……いった?」
「わかんない……」
オフィスの書庫に私たちは居た。
「馬鹿、有り得ない」
「でも意外と好きかも。こーゆーの」
「本当、有り得ないから……」
この飄々としたデリカシーの無さ極まりない野郎に呼び出されたのは終業二時間前の死ぬほど忙しい時間帯だった。
2007年モデルの黒い社用携帯、それはこの男が勤務時間いつでもどこでも私に連絡を寄越すには都合の良いものだった。
「期待してた?」
「はっ。馬鹿じゃなっ」
言い切る前に男の胸に抱き寄せられる。驚いて言葉を忘れた。
「俺は結構、この時間、好き」
ホッとしたような柔らかい表情を私に見せる。
悔しい、この笑顔の前では何も言えなくなる自分が歯がゆくてたまらない。
また視界が彼の胸元へ移る。少しして、顎を上げる手つき。私はただただされるがまま、彼に身を預ける。
首が ちくん、と痛んだ。だらしなく広げられた私の襟元。跡が残るのは嫌なはずなのに、受け入れる自分が情けなくなる。
「俺にも付けてよ」
男は へら、と笑い自らの首筋を私に差し出した。
「……」
首筋には既に赤い跡がいくつかある。
それは全て私が付けたものだ。
ぢゅ、ちゅ、と 消えかけている跡に上書きするように口を付ける。もう嫌だ、就業中に、私は何をしているんだ。馬鹿だ、こんなこと、こんな沙汰、本当に馬鹿馬鹿しくて、ダメなのに、なのに
下の階で真面目に経理事務に勤しむ後輩や、苦い思いをしながらも頭を下げ顧客開拓に必死に駆け回る同僚の事が頭を過ぎる。もうやめよう。こんなこと、やめよう、やめなきゃ、やめ
「何考えてる?」
「別に何でも 死ね」
言えなかった。止めたい、と言えなかった。
「ツンギレってやつぅ?きついなぁ」
男は困ったように笑いながら言った。
「俺はね」
「たとえ悪に染まってでも、この関係止めないよ」
は?と息が漏れた。息のような言葉が漏れた。
「お前は、どう思う?」
どう、って。
「お前が止めたいなら、さ」
やめて、言わないで。
胸がぎゅっと締まり、頭がくらくらする。
「……」
「……っ」
私は彼の唇を塞いでいた。
「っ、大胆だねぇ」
「あなたがそうさせたのでしょう」
男はニヤニヤした笑みを浮かべ、こちらを舐めるように見つめる。
それは捕食者の目でもあり、また、挑発しているようにも感じた。
「ずっとこのままでいたいね」
男は優しい笑顔を作り、私を抱き寄せた。
その笑顔の裏に込めたしたたかな嘘を私は決して見逃さなかった
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