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折角の冷奴が
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第一章

                     折角の冷奴が
 昭和の最初の頃の話だ。
 ある人がだ。それは見事な豆腐を手に入れた。
 その見事さたるやだ。あの京都の南禅寺の湯豆腐に使っている豆腐と比べられるまでだった。それを見てだ。
 その人はまずは自分が冷奴で食べてみた。丁度季節は夏だ。冷奴にはもってこいの季節だった。
 とにかく美味かった。見事なだけはある。彼が今まで食べた豆腐の中でだ。それは最高のものだった。
 しかもだ。美味なだけではなかった。量もかなりあった。その量を見てである。
 彼は自分だけでは、家族だけでは食べきれないと思った。だが腐らせるには勿体ない。それでだ。 
 人にも分けることにした。その分ける人間がこの場合問題になる。豆腐が好きな人間でなければならないのだ。
 幸いだ。その人にはだ。豆腐を大好物としている知人がいた。
 その知人の名は泉鏡太郎という。職業は作家でペンネームは泉鏡花という。その彼にだ。豆腐を分けることにしたのである。
 思い立ったがだった。彼はすぐにその豆腐を泉のところに持って行った。かくして彼に豆腐を食べてもらおうとしたのである。
 それで泉の家に行くとだ。彼は大喜びでその豆腐を受け取った。そのうえでだ。
 その人にだ。笑顔でこう言ってきたのである。
「どうですか?これから」
「これですか」
「はい、これです」
 お互い笑顔でだ。一杯たる動作をする。つまり酒を飲むというのだ。実はこの人は無類の酒好きだった。それを受けてだった。
 二人で酒盛りとなった。肴は何かというとだ。その人はこう察した。
「豆腐かな。散々食べたがいいか」
 美味い豆腐なのでだ。それでいいと思った。彼は冷奴が来るかと思った。しかしであった。

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