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恐ろしい指揮者
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第一章

                     恐ろしい指揮者
 ウィーンフィルハーモニーオーケストラ。言わずと知れたベルリンフィルハーモニーオーケストラと並ぶ世界屈指のオーケストラである。だが彼等はこの時稽古場において不安の中に置かれていた。
 全員揃っている。その演目の練習に加わるメンバーはだ。しかしであった。
 肝心の人間だけがいない。それで不安を感じていたのだ。
 フルート奏者一人がだ。己の席からこう言った。
「マエストロはまだか?」
「まだ来られていないな」
「まさかと思うが練習時間を忘れているのか?」
 この心配が為された。
「ひょっとして」
「いや、あのマエストロはそれはないだろ」
「時間は忘れない人だぞ」
 これは他の面々から否定された。そのマエストロ、即ち指揮者は少なくとも時間を忘れることはないというのである。
「だからそれはないだろ」
「じゃあ風邪か?」
 別の一人、バイオリン奏者の一人が言った。
「風邪をひかれたのか?」
「有り得るな、それは」
「風邪は誰でもひくしな」
「そうだな」
 風邪についてはだ。多くの者がそうではないかと言った。それならば納得がいくというのである。
「じゃあそれか」
「風邪だと仕方ないか」
「そうだな。マエストロがお休みになられても仕方がないな」
「そうだな」
 話は風邪説で収まりがつきかけた。風邪をひいたら流石に練習には来られない、それで指揮者は今日はまだ来ていない、そう思ったのだ。しかしであった。

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