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忘れ物
3部分:第三章

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第三章

「先生御気に召されてるぞ」
「ええ、確かに」
「これならだ」
 編集長がにんまりとして言った。
「新連載はな」
「いけますね」
「奮発した介があった」
 編集長はこうも言った。実際にここまで山海の珍味を出すにはかなりの出費が必要だった。しかしその介があったというのである。
「本当にな」
「全くですね。それじゃあ」
「連載になったら頼むぞ」
「はい」
 担当は確かな顔で頷く。そうしてだった。
 最後の和菓子とお茶を楽しむ谷山にだ。こう言うのであった。
「あの、先生」
「うん、今日は最高だったね」
「御気に召されましたか」
「実にね」
「それは何よりです。それでは」
「今日はこれで」
 連載の話をしようとするとだ。谷山はこう言ってきたのだった。
 そしてだ。すっと席を立ってだ。障子のところに向かう。そのうえでこう言うのであった。
「御馳走様」
「えっ!?」
「あれっ!?」
 編集長も担当もだ。これには呆気に取られた。
「帰られたぞ」
「ですよね」
「何でなんだ!?」
 編集長は呆然としたまま言う。
「何か不都合があったか!?」
「いえ、心当たりは何も」
「気付いていないとかか、こっちが」
「料理がまずかったですかね」
 担当はこんなことも言った。
「それだと」
「いや、それはない」
 編集長がそれをすぐに否定した。彼等も食べているからだ。それはないとすぐにわかった。
「こんな美味いのはな」
「谷山先生も満足されてましたね」
「ああ、それは間違いない」
 二人でそれを確認し合った。
「じゃあどうしてなんだ」
「何で先生は帰られたんでしょか」
「訳がわからないぞ」
「あの、どうしてなんでしょうか」
 二人はこの時は何故谷山が帰ったのかわからなかった。それで料亭であたふたとするだけであった。しかし数日後にだった。
 不意にだ。編集部にだ。谷山から電話はかかってきた。
「この前はどうも」
「あれっ、谷山先生ですか!?」
 電話を受けた担当は彼の声に驚いた。
「先生が何の御用件でしょうか」
「それだけれどね」
 こう言ってきたのを聞いてだ。その怒った理由を言われるかと思った。しかしであった。谷山はここでこんなことを言うのだった。
「この前の料亭のことだけれど」
「は、はい」
「美味しかったよ」
 実に上機嫌での言葉だった。
「本当にね。有り難うね」
「はあ」
 担当はその御礼にまずは頷いて応えた。
「御気に召されましたか」
「いやあ、あそこまで食べられたのはね」
「食べられたのは」
「久し振りだったよ。実によかったよ」
 声はだ。極めて満足しているものだった。

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