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第一章
忘れ物
谷山準一郎は有名な作家である。文豪と言ってもいい。
その彼の嗜好はだ。出版会どころか誰もがよく知っていることだった。
「好きだねえ」
「全くね」
「また食べ物について書いてるな」
「そうだよね」
その新作を見ながらだ。話すのだった。
「鱧にすっぽんかあ」
「それに豆腐か」
「京都の料理だね」
「そういえば今は京都にいるらしいな」
「そうだよな」
その作品でもなのだ。食べ物について書かれていたのだ。そもかなりの枚数を使ってだ。
このことがだ。この作者についての最大の個性になっていた。その耽美な作風もであるがそれもだ。とにかく誰でも知っていることだった。
それで編集者の方もだ。新作を御願いする時にはだ。
「今度はどの料亭に招待しようか」
「何しろ舌が肥えてるからなあ」
「下手な店だとあれだしな」
「そこが難しいよな」
そんな話をしながら彼の作品を読みながらだ。考えるのだった。
「今度はステーキだな」
「それに中華料理か」
「あの人和食だけじゃないしな」
「本当に何にする?」
「今度新作書いてもらう話出てたよな」
「ああ、そうだ」
そしてだ。ある出版社ではこんな話も出ていた。
「編集長が言うんだよ。あの人だってな」
「じゃあどうするんだ?」
「どの店にするんだ?」
「そうだな、ここはね」
ここで話をしてだ。その結果だった。
「和食にするか」
「和食か」
「それか」
「やっぱりそれだろ」
こう言ってのことだった。
「あの人が一番好きなのはな」
「そういえば最近の作品は和食ばかり出てるな」
「ああ、そうだな」
「確かにな」
このことも話されるのだった。それでだった。
「じゃあここはな」
「料亭だな」
「そこにするか」
「店は」
こうして事前の打ち合わせをしてだ。そのうえでだった。
谷山をその店に招待する。太めの身体の小柄な老人である。髪の毛はもうなくなっている。何処か豊かな顔をしている。きているのは見事な渋い緑の色の和服だ。その彼が来たのだった。
彼はすぐに個室に呼ばれた。畳に掛け軸に見事な壷まである一室にだ。そこで編集長と新たに担当になる二人のスーツの男に出迎えられた。そしてであった。
「いや先生ようこそ」
「よくいらっしゃいました」
二人は彼を恭しく出迎えてこう言うのだった。そしてだった。
「まずはです」
「ここでお昼でも」
「いやあ、いいですなあ」
谷山はだ。二人の言葉を受けてこれ以上はない笑顔になった。そうしてだった。
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