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第一章
やり直し
「しまったなあ」
谷田元義はやってしまってからこの言葉を出したのだった。
今彼は漫画を描いている。職業は漫画家だ。だが今描いているページの上にベタ用の墨をこぼしてしまったのである。だからぼやいたのだ。
「こりゃもう駄目だな。描きなおしか」
そう思いまたぼやく。
「締め切りも近いのに。困ったことだ」
ぼやくことしきりだった。いい加減眠くなってきていたので早いうちに終わらせて寝たかったのだ。だがそこでこのミスだ。ぼやかずにはいられないというわけだ。
しかし起こってしまったことはどうしようもない。ぼやいても墨が元に戻り原稿が奇麗になるわけではない。それはわかっているがそれでも言わずにはいられなかったのだ。
「元に戻れ」
思わずこう呟いた。呟いたのは無意識のうちで考えてのことではない。言っても無駄なのはわかっているし何にもならないのは頭ではわかっていた。だが呟かずにはいられなかったのだ。
そして呟くと。不意に周りが回ってしまった。そして彼は今原稿を描いているのだった。
「先生」
元義にアシスタントの一人が声をかけてきた。
「このページ御願いします」
「ベタはできたよな」
「はい」
アシスタントは元義に応えつつそのページを彼のところに持って来たのである。
「今終わりました」
「そうか。じゃあ次はトーンだな」
「御願いできますか?」
「できるよ。じゃあ早速」
「はい、どうぞ」
アシスタントはそのトーンまで持って来た。彼はそれを受け取って早速トーンを削って切って貼った。ところが貼ってからはじめて気付いたのだった。
「あっ、ここじゃなかったや」
貼って舌打ちするのだった。そこは違うトーンでありしかもトーンの削りを間違えてしまったのである。これは致命的なミスであった。
「くそっ、剥がれないぞ」
剥がそうとしても剥がれないのだった。糊が乾いて手遅れになっていた。
「失敗かよ。もうすぐ締め切りなのに」
舌打ちせざるにはいられなかった。あまり寝ていないから当然である。
彼は眠くて眠くて仕方ない。それで歯噛みしつつまた言った。
「時間が戻ればな」
また言うのであった。ただし彼は気付いてはいない。
「やり直せればな。この原稿」
こう言ったところで周りが回った。気付くと彼は今からトーンを貼るところであった。
「よし」
「あっ、先生」
ここでアシスタントが彼に声をかけてきたのだった。
「そのトーン違いますよ」
「おっと、そうか」
「はい。こっちのトーンですね」
言いながら手元にあるトーンを指し示してきたのであった。
「こっちのトーンを使われるべきかと」
「危ない危ない。それじゃあ」
「さっきのトーンはこの
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