その瞳の遺したもの
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らは夥しい量の出血。だが激痛のあまり、命の危機を感じている余裕さえない。痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
息がうまくできないほど痛い。視界がぼやけるほど痛い。痛い。とにかく痛い。俺の頭の中はそれだけで埋め尽くされていた。
絶叫に次ぐ絶叫。俺は喉が枯れるまで叫び続けた。
いったい、どのぐらいの時間が経ったのだろうか。何時間も経ったように思うし、数秒のようにも思えた。
いつしか、痛みは幾許か引いていた。俺は叫び声をあげずにいられるようになっていた。
代わりに訪れたのは寒気だった。もしやと思って床を見てみると、血溜まりが広がっていた。妙に冷静な頭が、こんなにも人体には血が入ってるのか、と場違いなことを考えていた。
小説なんかじゃ、痛みには耐えていたのだが、どうやらあれは嘘らしい。その代わり、寒くなるというのは本当だったようだ。
……俺は、このまま死ぬのか。そう思った瞬間、なんとも言えない気分になった。恐怖でも、喜びでも、怒りでもなかった。
昔の記憶が脳裏に浮かび上がった。走馬灯が浮かぶというのも本当らしい。
そこには子供の姿の俺がいた。まだ、自分自身の幸福を疑っていないころの自分だ。それを思い返しながら、俺はまた、どうしてこうなったのだろう、と考えていた。死が目の前に迫る今でさえ、答えが見つからない。
「はっ……もう、いいか」
自嘲した笑みが俺の口からこぼれ落ちた。もう死ぬのだから、その理由や原因などどうだっていいことだ。
俺の人生にはなにもなかった。俺という存在にはなにもなかった。ただ、それだけのことだった。
もう、疲れた。眠ろう。そう思って俺は目を閉じた。
脳裏には未だに走馬灯が浮かび上がっていた。両親に、妹。きっと俺がいなくなって両親は喜んでいるのだろう。俺が死んで悲しむ人間は、どこにもいない。本当に、俺はなんのために生まれてきたのだろう。
走馬灯を眺めている俺の脚に、柔らかい感触。死に際にも俺はなにかに邪魔をされるらしい。目を開けてみると、脚のすぐそばに猫が倒れこんでいた。腹部から血を流していて、もう長くなさそうだ。
猫は背中を俺の脚につけたまま、ぐったりとしていた。
「……はっ……なん、だ……お、まえも、ここ、で……死ぬの、か……」
俺は、もう口も満足に動かせなくなっていた。途切れ途切れな言葉に合わせて、嘲笑が俺の口元に浮かび上がる。こんなところで惨めに死ぬのだから、この猫も哀れなものだ。
俺の声に答えるように、猫は顔を持ち上げて、俺を見た。
猫の丸い瞳には俺の姿が映っていた。俺の目にもきっと、この猫の姿が映っているのだろう。
そのことに気づいた瞬間──俺は、この世のすべてを許す気になった。
「くっ……ははっ……あははっ……!」
場違いな笑いがこみ上げて
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