別の世界
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れ以来、夕食の後はこうするのが恒例になっていた。
今振り返ってみても、よくこの状況を恒例にできたものだと自分で思う。怜司なしで彼女に近寄った昔の自分を珍しく褒めてやりたいぐらいだ。
二人の間に会話はなくて、二人揃って黙々と湯のみを傾けつづける。はたから見ればなにをしているのかと思われるのだろうが、俺にとってはこの静かな時間が心地よい。たいていの相手はなにかしら話しかけなくてはならなかったが、寡黙な彼女が相手ならその必要もない。こうやって黙ったまま一緒にいられるというのは良かったし、なによりこんな近くで彼女を眺めていられるというのが嬉しかった。
お茶が喉を通るたびに仄かな香りと苦味が口の中を広がっていく。この味は日本茶に近いものだ。今までは知らなかったが、食後にお茶を飲むというのは結構いいものだ。昔は両親の方針で紅茶を飲まされていたが、あれは苦すぎる。牛乳を入れてみたり砂糖を入れてみたりレモンを入れてみたりしたが、何をやっても慣れなかった。それと比べれば、これぐらいの苦味は美味いと感じる。
湯のみを手元で揺らしながら、横目で桜の様子をうかがう。彼女は感情の見えない表情でじっと机の上の湯のみを見ていた。
俺にとってこの時間は至福そのものだ。だが彼女はどうなのだろうか。なにも喋らない俺を奇妙に思ってはいないだろうか。彼女は口下手に見えたから、静かなのが好みなのだろうとは思う。しかしそれは俺の勘違いで、実はおかしなやつだと嫌われてはいないだろうか。
そんな不安が胸中に到来した。もしも俺が気がついていないだけで、実は桜は俺のことを不愉快に思っているとしたら、それだけで多分、死ねるだろう。
「……ん、どうした?」
俺が見ていることに気がついた桜が、こちらを向いて首を傾げてきた。動きに合わせて、纏められた髪が揺れる。曲線を描いた双眸、煙水晶の瞳が真っ直ぐに俺を見ていた。それだけで、俺の心臓は無意味に跳ね上がった。
「ぁ……いや……なんでもない……」
「ん、そうか」
小さく頷いて、また彼女は湯のみに視線を落とした。深呼吸をして胸を落ち着かせようとしたが、彼女の声が耳に残っていて、うまくいかなかった。女性にしては低くて、落ち着いている声色。そこも好きな部分だった。
たった二言だったが、彼女の声に不快感はなかったように思う。おかげで少しだけ安心できた。これが間違いでないことを願うばかりだ。
それにしても、普段は少し鬱陶しいぐらいの怜司だが、こればかりは感謝したい。あいつがいなければこうしていることもなかっただろう。
「お、雄二に桜さんじゃん。二人で黙ってなにしてんだ?」
そう思ってるところに怜司がやってきた。奴の能天気な声が俺の耳に届いた瞬間、胸中にあった感謝の念を怒りが叩き出していく。
「なにって、茶を飲んでいるだけだが」
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