別の世界
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一目惚れというやつだ。
といっても、彼女とまともに話したことはない。怜司のやつがお節介で俺を勝手に紹介してきたときに、軽く挨拶と自己紹介を交わしたぐらいだ。そのときに分かったが、どうやら彼女もかなり口下手らしい。俺は余計に惚れ込んだ。
それでも話しかける勇気はなかった。それに、話さなくても見ているだけで十分だった。
彼女の後ろ姿が食堂へと消えていって、やっと俺の意識は現実に引きもどされた。俺も少し遅れて、食堂へと入る。
足を踏みいれた瞬間に、重厚な音が列をなして俺に打ちつけてきた。それぐらい、食堂は騒がしかった。食事の音に傭兵たちの野太い大声の会話が混ざりこんで、混迷を極めた音波が食堂そのものを震わせている。
食事をカウンターで受け取って、いつもの端っこの席につくが、騒々しさからは逃れられなかった。どうにも夕食どきの雰囲気は好きになれそうもない。
食事をとっている最中にも傭兵たちの食事風景が視界の端で見ることができるが、そこにはマナーなんてものは欠片もない。パンが飛び交い、フォークが交差し、食べ物の取りあいが勃発し、食事と会話が交互にどころか同時進行している。マナーが身につかず落ちこぼれと言われた俺でさえも、どれほど雑に食べたってああはならないだろう。
そんななかで、黙々と静かに食事をとっている人がいる。桜だ。
彼女の食事の仕方はかなり品がいい。俺でなくとも誰が見たってそう思う程度には。傭兵ではあったが、もしかすると育ちは良いのかもしれない。
彼女もまたひとりで食事をとっていた。そんなところにも、俺は一方的な親近感を覚えていた。品の良さも含めて、好きなところだ。
こうして彼女の姿をこっそりと見るのが俺の日課だった。一歩間違えば、よくニュースに載ってるストーカーやらなにやらになりそうだという自覚はあった。別にこれ以上のことをしよう、なんていう気はない。ただ、遠目に見ていられればそれで良かった──のだが。俺にも、たまには俺自身にとって良い部分というのがあるらしい。
食事をゆっくりと食べ終えた俺は席を立ち、厨房で食器を返すついでに、熱いお茶を一杯もらっていく。食堂はすでに人がまばらになっていた。
湯のみを持ったまま、俺は元いた席ではなく、桜の隣の席へと移動をする。彼女も食事を終えていて今は湯のみを傾けて一休みしていた。俺が近づくと、彼女は椅子を少しずらしてくれた。そのまま彼女の隣の席に座って、俺もお茶を飲み始める。
この奇妙な状況は怜司によって作り出されたものだ。以前にあいつが俺を強引に引っ張って、桜と合わせて三人で食事をさせられたことがある。その終わりにお茶を飲んでいた彼女に合わせてみたのがきっかけだ。いつもの俺ならその一回かぎりで終わったのだろうが、今回だけは続ける気になった……というか、続ける勇気が出た。そ
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