第四章
[8]前話
「どうにかなります」
「一人の力は知られておるか」
「由井の一派自体がそうで数が知れていましたので」
「どうにかなったか」
「数が少なかったので」
謀反を企んだ者達のだ。
「ことは未然に済みました」
「匹夫の勇か」
正之は服の袖の中で腕を組んで言った。
「所詮は」
「はい、確かに丸橋忠弥は強く由井正雪は切れ者でしたが」
「数が少なかった」
「それではです」
どうしてもというのだ。
「匹夫の勇です」
「それに過ぎぬか」
「幾ら強い者、賢き者でも一人では」
そして数が少なければというのだ。
「力も知れています」
「数があってこそじゃな」
「やはり数は力です」
「そういうことじゃな。では幕府も」
「これまで以上に数を備え」
「力を蓄えそして」
「天下を泰平にする力を備えましょうぞ」
謀反は起ころうとした、しかしこのことから学んでというのだ。
「浪人達への政もしたうえで」
「この度のことの元も収めてな」
「はい、そうしてです」
「数も備えてな」
「幕府も匹夫にならぬ様にしましょう」
「確かな数を備えてな」
正之は信綱に確かな声で応えた、由井正雪の謀反の件は幕府に様々な教訓を与えることになった。
丸橋忠弥は確かに強かった、だが。
後にある槍の達人もだ、一度に十人を相手にして負けた時にこう言った。
「幾ら強くともじゃ」
「一度に何人も相手にしては」
「それではですな」
「うむ、勝てぬ」
こうその相手をしてくれた者達に言うのだった、汗に濡れた顔で。
「到底な」
「ですな、一人ではです」
「幾ら達人でもです」
「力は知れていますな」
「どうしても」
「そうじゃ、幾ら槍が強くとも一人ではたかが知れておるわ」
また言うのだった。
「所詮な」
「ですな、そのことを踏まえて」
「そして、ですな」
「槍の鍛錬をしていく」
「そういうことですな」
「技だけでなく心も磨かねばな、幾ら強くとも所詮それだけでは多くを倒せぬわ」
そうしたものに過ぎないというのだ、彼は槍の鍛錬の後で言った。丸橋忠弥のことは知らないがそれでも言ったのである。
丸橋忠弥は確かに槍の達人だった、もっと言えば由井正雪も人望があり頭が切れた。しかし彼等は謀反を果たすだけの力はなかった。それでは匹夫の勇としか言えないであろうか。歴史に残る彼等を見て思うことである。
匹夫の勇 完
2015・7・19
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