第6章 流されて異界
第134話 弓月桜
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――
――それはまるで幕切れを焦らすかのような間。
冷たい月の光の下。僅かに翳を作った彼女の髪が揺れる。
「それは秘密」
貴方自身の力で思い出して。小さく、囁くような声。
それまでと同じ。しかし、それまでとは明らかに違う笑みを浮かべる彼女。
そして、
「その時が――」
☆★☆★☆
黒々とした木々の枝が大きく張り出した水面は、まるで其処が夜の底であるかのように、永劫の闇が深く蟠り……。
………………。
…………いや、違う。其処から感じていたのは闇ですらなかった。
これは……虚無。其処からは何も……水の存在さえも感じる事はなかった。
しかし――
しかし、其処に違和感。何もない、ただ虚無を感じさせるだけの其処から、確かに立ち昇る何かが存在している。
これは――霧?
池から立ち昇る異様な気配。これが、この場所に近付くに従って強くなって行った纏わり付くかのような闇の正体。
霧のように、瘴気のように虚無の中から生まれいずる闇。天津神的に言うのなら天之狭霧神。クトゥルフ神話的に言うのなら無名の霧か。
闇の粒子が、さながらそれ自体が異界の生物であるかのように蠢き、揺らめき、周囲へと徐々に拡散して行く。
本来ならば霧と言うのは、此方と彼方の境界線。古来より、深き霧の中を彷徨った挙句に……と言う物語や、証言の数は多い。おそらく、このアラハバキ召喚の術式が始まってからこの高坂の地は、徐々にその境界線。現実界と彼岸の彼方との境界線が曖昧となって来ていたはず。
そして終に一定のレベルを超えた現在、その境界線を示す異界の霧が、現世の街を覆い尽くしつつある。
……そう言う事、なのでしょう。
そして、その闇とも霧とも付かない見通しの悪い世界の中心。普通の人間ならば正気では絶対に居られない程の異質な空気。怨恨と呪に彩られた気配に支配された場所。池の畔、表面に何も刻まれる事のなかった石碑……庚申塚のあったはずの個所にその姿はなく、既にまったく別のモノ……何者かを祭るかのような祭壇。四方の榊を繋ぐ細い注連縄。どう考えても日本の神道風の神棚が存在していた。
「やっぱり来たのか」
十七日月……立待月の明かりと、神籬の四方を取り囲むように焚かれたかがり火の灯りの元、佇むふたつの影。
ひとつは男性。そして、いまひとつは少女。
「よお、さつき。迎えに来たぞ」
さっさと、そんな犬臭いヤツなんか捨てて、こっちに戻って来い。
直線距離にして二十メートル以上、五十メートル未満。公園に植えられた芝生のスペースに入る直前、砂利を敷き詰められた通路の上に立ち、話し掛けて来た犬神使いの方は完全に無視。ヤツの傍に
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