1部分:第一章
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だ」
医者はそれがわかっていたのだ。光正の気持ちを。
「甲子園で。それが彼の夢だから」
「夢ですか」
「誰だって夢を前にしてそれが打ち砕かれるのは嫌なものだ」
医者はそれがよくわかっていた。わかっていたからこそ彼に対して本当のことを言えなかったのだ。言わねばならなかったがそれがどうしても言えなかったのである。
「だから」
「そうだったんですか」
「私は医者として失格だ」
そのうえで己を責める。
「どうしても言えなかったのだからな。彼に」
「彼はこれ以上投げたらどうなるんでしょうか」
「決してよくはならない」
医者は答えた。
「それだけは駄目だ。彼の右腕は今は」
「壊れようとしているんですね」
「こんな言葉を知っているかな」
医者は顔を上げた。だがそれは正面を見ているだけであり看護師は見ていない。ただ前を見据えてそこに辛いものを見て話すだけであった。
「投手の肩は消耗品だ」
「そうなんですか」
「使えば使うだけ磨り減っていくものだ。時々休ませて手入れをしなくてはいけないものだ」
「けれどあの娘は」
「ずっと投げてきた」
一言であった。102
「ずっとだ。中学校の頃からだ」
「じゃあもうかなり」
「本当は休むべき時なんだ」
医者はそれがはっきりわかっていた。彼の腕のことを。
「けれど彼はどうしても投げたい。その気持ちがわかっていたから」
「言えなかったんですね」
「私は間違っているな」
自分で自分を責める。
「こんなことを言うのはな。医者としては」
「いえ」
しかし看護師はその言葉に首を横に振る。そうして優しい声で医者に対して言うのであった。
「人なら当然だと思います」
「人ならか」
「夢を目前にした人を止めることはできません」
こう彼に言う。
「ですから先生は間違ってはいません。人間として」
「そうか」
「そうです」
医者に対してまた優しい声をかけた。
「ですからあの子には好きなだけ投げさせてあげましょう」
「好きなだけか」
「はい。それからです」
それからだとまた言ってきた。
「それからあの子の腕を診てあげて下さい」
「わかった」
医者は決意した。そうして彼も言った。
「ではその時は責任を取って彼の腕を治すぞ」
「そうして下さい。それでは」
「ああ、絶対にな」
光正の知らないところで覚悟が決められていた。光正は次の日上機嫌で監督に対して告げていた。
「大丈夫なんだな」
「幾らでも投げられるそうです」
練習前の部室でそう監督に対して話していた。既に皆練習にグラウンドに出ていて彼等だけが残って話をしているのであった。
「そうか、幾らでもだな」
監督はその言葉を自分でも言ってみた。すると何か幸せを噛み締めているように思
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