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渦巻く滄海 紅き空 【上】
九十八 思案の外
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後の平和な故郷も家族も友達も、彼女の視界には何一つ入っていなかった。

恋い焦がれる人への想いと、それ以外を天秤に掛け、春野サクラは想いを選んだのだった。



春特有の穏やかな陽射しの中、淡紅色の花弁が舞っていた。
咲き乱れる満開の桜から止め処なく落ちゆく。
何処へ行こうか迷うように、くるくる輪を描き、やがて風に身を任せる。
ひらひらと、ただ風に乗って。優雅に気儘に東西を弁ぜず。
流れ着いたその先に何が待ち受けているかも知らずに。


里抜けした彼女の姿を、誰もみていなかった。


















「――――ご苦労だった」

机上で手を組んだ五代目火影を前に、シカマルは力無く頭を振った。握り締めた拳が震えているのを見咎め、綱手は労いの言葉を掛ける。

「本来の任務通りに事は上手く運んだ。お前はよくやったよ」
「春野サクラが里抜けしたと言ってもですか」

間髪容れずのシカマルの反論に、綱手は顔を顰めた。顔を伏せ、何度読んだかわからない報告書に今一度眼を通す。相変わらず容赦ない現実を突きつけてくる紙面を彼女は無造作に机上に放った。

「その事に関しては私としても予想外だった」
自嘲気味に伏せていた顔を彼女は上げた。依然として項垂れるシカマルを見据える。

「だがこれはお前に与えた任務外。小隊長に就いた初めての任務がこんな結果に終わって辛いのはわかる。しかし…」
「……任務に犠牲はつきもの。任務がどういうものか知っているし、忍びの世界がこういうものなんだというのも解っているつもりです―――でも、」

顔を伏せたまま、シカマルは答える。彼がどんな表情を浮かべているのか見えないものの、今のシカマルの心情は手に取るように綱手にはわかった。


「俺はアイツに、なんて声を掛けていいのかわからねぇ…ッ」
悔しげに吐かれたシカマルの声は悲痛な響きを以って、火影室に響き渡った。




うちはサスケを最後まで諦めずに追った波風ナル。

本来の任務――サスケを無事里から抜けさせる、その内容を知らぬ彼女をシカマルは追い駆けた。サスケを連れ戻す表向きの任務を信じ込んでいる彼女の行動を未然に防ごうとしたのだ。

しかしながら、ようやく追いついた時には、もう全てが終わっていた。

シカマルを迎えたのは『木ノ葉崩し』にて敵対していた、砂曝の我愛羅。
すぐさま警戒するものの、彼の腕に大事そうに抱かれている存在に逸早く気づいたシカマルは即座にナルの容態を確認した。気を失っているだけだとわかり、安堵の息を吐く。
そして我愛羅から現状説明を求めたのだ。

シカマル同様、サスケの里抜けが綱手容認によるものだと知っている我愛羅の話は実にわかりやすかった。
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