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声をかけた。
「ごめん、山城さん。ちょっと良くない事を考えていて……怖がらせて申し訳ない」
「い……いえ、いいの……だ、大丈夫……」
大丈夫、と声にする山城であるが、その相は到底提督からすれば信じられる物ではない。声は震え、涙はもう頬を伝ってとめどなく流れてしまっている。
さて、こういう時はどうする物であったか、と提督が考えるより先に、彼の体は動いてしまっていた。ここ最近になって彼の身に自然とついてしまった、第一旗艦が怯えだした時に宥める為に行っていた動作である。
抱きしめて、背を叩く。
それだけだ。
大丈夫だとも言わない。安心しろとも言わない。
提督のそれは、ただそれだけだ。それだけであった筈なのに。
提督は山城の髪の香りを感じながら、執務室の窓から見える白い風景を見て呟いた。
「山城さん……今日は月が綺麗だろうね」
世間話だ。冷たい夜の月は、玲瓏たる姿で浮かぶだろう、と呟いただけである。迂闊である。迂闊すぎるとしか言い様が無い。
提督に抱かれて背を叩かれていた山城は、おずおずと提督の背に手を回し、やがて離すまいと提督をかき抱いた。
相は見えない。姿さえも、提督と抱き合って半分ほどしか見えない。それでも、その姿は誰が見ても乙女であった。
山城が、小さく何かを呟いた。か細く、消え入るような声だ。
すぐ傍に、本当にすぐ傍に居る提督にさえ判然としない声であるから、提督は小さく首をかしげて山城に問おうとした。
が、それは出来なかった。
「提督、そろそろクリスマス会場に」
「お、大淀さん……! 今は駄目です――!」
大淀と初霜が、扉の開いたままだった執務室に入ってきたからだ。
その瞬間、山城は提督から腕を解いて俯き、その顔を両手で覆った。ただし、提督から一切離れていない。提督に寄り添い、離れまいとしているのである。
対して提督は、第一旗艦と抱き合っていた姿を見られたためか、僅かに頬を朱に染めて気まずそうな相で咳払いをしていた。
大淀としてはそれだけで事情は理解できる。出来るがしかし、それを納得するかはまた別である。大淀は今自身の隣に立っている初霜に目を移した。
大淀の瞳に映る初霜は、珍しく慌てふためいていた。当然だ。
自身の提督と第一旗艦の愛在る抱擁――と初霜には見えていた――に見入り、護衛役の本来の仕事を忘れていたのであるから慌てもする。
大淀は小さく咳を払い、背を伸ばして提督に目を向けた。
「提督、クリスマス会場の下見の時間です。宜しいでしょうか?」
「あぁうん、そういやそんな予定だったね……」
散歩の前には覚えていたが、帰ってきた時にはそんな予定は提督の頭の中からさっぱりと消えていた。当然である
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