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互いの黒い軍用外套はいまやもう触れるどころか重なり合っている。
触れ合った肩の温もりは冬の空の下では熱過ぎて、鳳翔は身を引こうとした。
だが、
「そのままがいい」
提督の言葉でそれも遮られた。
あいも変わらず、提督はオスカーを撫で回してるだけで鳳翔と目をあわさない。それでも、これは鳳翔にとって間違いなく提督から、自身達に向けて零された物であると思えた。
この提督は、確かに凡庸だ。どこまでも凡庸で、普通だ。
戦術などよく理解もしてない。であるから初霜や大淀にまかせっきりだ。
戦略などもっと理解していない。であるから、それも長門や大淀にまかせっきりだ。
鎮守府の維持もよく理解していない。であるから、それも大淀や他の艦娘達にまかせっきりだ。
ただ、自身の艦娘の事となれば、この提督は誰よりも何よりも深く理解していた。
何も見返りなど無い不毛な、あまりに一方的な愛であったかもしれないが、提督は間違いなく彼女達を愛していたのだ。
この鎮守府の艦娘達がそうであったように、提督もまた触れ合えない関係の中でも、ただ愛したのだ。
何故に触れ合えなかったのかまでは鳳翔には分からない。それでも、共に過ごしたこれまでの、それこそここに来る前の時間でさえ、彼女は提督と共にあった。
その時間の中で分かったのは、提督が提督足りうる存在であるという事だ。
愛し愛される。想い想われる。
提督は艦娘達の為の提督であり、艦娘達は提督の為の艦娘であった。
そこに至るまでに少しばかり遠回りもあっただろうが、これだけは、たった一つのこれだけは、提督は決して凡庸な提督ではなかった。
鳳翔は、何か返すべきだと口を動かそうとしたが、しかし何も形に出来なかった。
語るべき言葉がなく、語るべき想いがありすぎて選べない。
肩が触れ合うほど近いのに、どうしてこうも思いを告げる事が出来ないのだろうか、と鳳翔は悲しみに相を歪めた。その瞬間である。
一陣。
ただの一陣、風が凪いだ。
鳳翔の髪をさらい、その香りを確かに提督に届けたそれは、たった一瞬の事であった。
僅かに乱れた髪を手櫛で整えた鳳翔は、隣にいる提督に流れた髪がぶつかりでもしなかったか、と不安げな顔で目を向けた。
と、鳳翔の目に映ったのはオスカーを撫でる手をとめ、なにやら顔をしかめる提督であった。
「て、提督……どうされましたか?」
鳳翔の気遣うような問いに、提督は耳を掌で軽く叩きながら返した。
「あー……いや、これなんか……さっきの風で耳になんか入ったような……」
かゆいところに手が届かない、といった相の提督に、鳳翔は目を丸めた。まぁいいか、と軽い調子で猫を撫でようとした提督を止め
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