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はずである。相手からすれば完全にフラグスイッチが入った様な物だ。デスノボリ全開の九蓮宝燈である。
せめてそれさえなければ……と悔しげに呟く青葉の背を見ながら、摩耶は思いっきり肩を落とした。
運が無いどころか、何かこの先行きを暗示しているような、そんな風にも思えるからだ。摩耶自身が誘われた際には、摩耶も良く知る提督とお揃いの白い軍帽を被った黒猫も、陽炎型の八番艦も影も形も見せなかったが、それでもそういった話を聞けば不安にもなるというものである。
摩耶は気分を切り替えるため、左手にある袋からクッキーを一つ取り出して口の中に放り込んだ。甘いものがさほど好きでもない摩耶が作っただけあって、甘さ控えめの一品だ。それを嚥下してから、摩耶は小さく頷いた。
上手く焼けていると、と感じたからだ。自然と緩む頬は、しかし直ぐ引き締められた。
何せその上手くいったクッキーのために、摩耶は今ここにいるのだから。
「いやぁ、摩耶さんが居てくれて本当に助かりましたよー」
「……あぁ、そうかよ」
笑顔の青葉に、摩耶はぶっきらぼうに返した。
偶然の事であった。
偶々とぼとぼと歩いていた青葉が、偶々給湯室前を歩き、偶々一人こっそりとクッキーを作り終えた摩耶と出くわしたのだ。
摩耶からすれば、自分らしからぬ趣味であると理解しているお菓子作りだ。知っている者も相当に限られている。それを青葉に見られたのだから、もう何を言われても頷くしかなかったのだ。
実際には、青葉は摩耶の顔を見てすぐ駆け寄ったので、摩耶の手にある物にまでは気が回っていなかったのだが、この辺りも摩耶の不運である。
故に、摩耶としても今回ばかりはクッキーの出来を素直に頷けないのだ。
「あともうちょいか?」
「だと思いますよ」
沈みそうになる気分を変えるために、摩耶は青葉に問うた。
応じた青葉の視線は、もう港を照らす灯りに向けられていた。その相は月明かりだけでは頼りなく判然としない物であるが、摩耶にはなんとなく、真剣な相なのだろうと思えた。
青葉という艦娘は、摩耶達にとってなかなか言葉には出来ない存在だ。
この鎮守府における一番古い重巡であり、重巡に限定すればまず間違いなく殊勲艦である。青葉に人体での戦闘挙動を指導された者は多く、その中には現在重巡の旗頭とされる妙高や摩耶の姉、高雄なども含まれていた。
摩耶にとっては姉の師であり、師の師だ。様々な武功を伝え聞いた摩耶は畏敬の念もないではないが、しかし青葉は仰ぎ見られる事を嫌った。
妙高、高雄が十分に動ける様になると、青葉はすぐに重巡のまとめ役を二人に譲り、現在では気ままな一艦娘として海上では縦横無尽に走り回り、陸上では待機中となると記者としてふらふらと歩き回って過ごしている
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