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執務室の新人提督
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 執務室の窓から見える空を見上げながら、その男は、ぼうっとしていた。頬杖をついて気の抜けた顔を晒すその様は、男――提督らしくあって実はらしからぬ物である。
 この男、平凡は平凡なりに考える事も多いようで普段余り気の抜けた顔を人に見せる事は少ないのだ。
 同じ執務室の、その小さな机で仕事をしていた初霜は、提督に優しく声をかけた。
 
「提督、お仕事は終わりましたか?」
「……うん」
「提督、そろそろお夕飯ですよ?」
「……うん」
「提督、ネッシーの学術名は?」
「ネッシテラス・ロンポプテリウス」
「あぁ、いつもの提督ですね」

 初霜は、ほっと一息ついて頷き、手元にあった書類を束ね側面で机を叩き揃える。壁にある時計を見やり、針の位置を確かめてから提督に一礼した。
 
「では、失礼いたします」
「うん……お疲れ様」

 執務室から去っていく初霜に、提督が声をかけた。ただし、これは条件反射的なものだ。初霜の聞きなれた常の提督の挨拶に比べれば、彼女には物足りない物がある。
 それでも、初霜は何も言わない。
 手に在る書類を胸に抱き、大淀の執務室へと足を動かすだけだ。
 
 ――今夜のお弁当当番の人は、あの人だから……きっと大丈夫。

 そう胸中で呟き、初霜は長い廊下を歩き続けた。

 
 
 
 
 
 初霜が提督の砦、執務室から去って十分もしないうちに、その扉の前に立つ艦娘の姿があった。彼女に手には、大きな包みが二つと魔法瓶がある。それはつまり、彼女が今夜の弁当当番である事を物語っていた。
 であるのに、彼女は――翔鶴型正規空母1番艦、翔鶴がその扉を開ける気配は、まったくと言ってよいほどなかった。
 彼女は扉を見ては悩み、また扉を見ては悩み、と繰り返している。
 
 ――あぁ、なんでこんな時に限ってお弁当当番にされてしまうのかしら……私やっぱりちょっと不幸なのかもしれない……

 最近姉妹揃って改二の改修がなされ、今まで以上に提督の為に頑張れると思っていた矢先の出来事だ。自身の不幸を嘆くのは、仕方ない事であった。
 それでも、彼女の手には渡すべき物があり、実行すべき任務がある。
 提督を空腹で悩ませるなど、翔鶴にとってはまず許せ無い事であったから、どう足掻いても彼女は扉を開けるしかないのだ。

 時間は残酷に過ぎていく。彼女も、提督もその流れに逆らう事はできない。悩んでいる時間は、それこそがまったくの無駄でしかないのだ。
 翔鶴は大きく息を吐き、そして静かに息を吸う。それを数度繰り返してから、翔鶴は目に力を込めて口を開いた。
 
「いい? 瑞鶴……行くわよ! お弁当部隊、出撃!!」

 ちなみに、瑞鶴はここにいない。
 姉妹の幻覚を見るのは、艦娘にとってわりとメジャーな病気
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