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きていない。未だソファーに座って眠ったままだ。
――仕方ない。
提督はため息交じりでそう思い、ソファーに腰を下ろした。それにしても、と提督は頭をかいた。そんなに怖いのなら、見なければ良かったのに、と呟いた。
「いい加減僕の腕、離してくれないかなぁ……山城さん」
返事は、静かな寝息であった。
翌日の話である。
「あぁー……ねむい……」
結局、あのまま起きなかった上に、腕も離してくれなかった山城を隣に、提督はソファーに座ったまま眠る事にしたのである。近場にあった掛け布団を自身と山城にかけて、だ。
翌朝、彼が起きるとそこには山城の姿はなかった。
座ったまま寝たのが悪かったのか、やはり隣にいい匂いがする事実婚の相手が居る事が心労となったのか、疲れの抜けきらぬ体を引きずって提督は欠伸を零した。
現在、提督が廊下を歩いているのはせめてもの気分転換だ。仕事量はそこそこで、まだ本日の仕事は終了していない。提督はそろそろ戻ろうかと目を上げた。
と、向こうからやって来る人影が見えた。彼は特に何も考えず、その人影に向かって声をかけた。
「大井さん、おはよう」
今日はまだ挨拶をしていないので、昼時だろうが夕時だろうが、おはよう、だ。常の通り控えめな顔で頷く大井を予想していた提督は、ここで見事に裏切られた。
「……おはよう……ございます……」
山城張りのホラー振りで大井が応じたのである。
「ヒェ……っ」
思わず提督は仰け反った。
大井の相はなんともあれな物であった。
目の下には隈が在り、俯いた相には影が色濃く宿って、垂れた前髪から覗き見える瞳はハイライトが仕事を放棄していた。このまま丑の刻参りに行くと言っても、そうだよね、そんなかんじだよね、それ以外ないよね、と普通に返せる雰囲気であった。
「お、大井……さん?」
昨夜の初心者向けホラーなど脳裏から消え去り、初めてオー○ィションを見た時の事を思い出しながら提督は辛うじて口を開いた。
そんな提督の隣を、幽鬼の如き足取りで大井が歩いていく。先ほどまで陽のさし込んでいた窓はその役目を忘れたようで、提督の視界は恐ろしいほどに暗い。何故か暗い。そんな中で、提督は背に火の玉か白髪の痩せこけた老婆でも背負っていそうな大井をなんとなく見つめ続けた。……暫ししてから、突然大井がくるりと振り返った。
振り返り方一つにしても、見惚れるようなホラー的振り返り方であった。
大井は何も語らず、ただじぃっと提督を見つめた後再び墓場を彷徨う腐乱死体の様な頼りない歩き方で去っていった。
「……お、大井……さん?」
初めて首吊○気球を読んだ夜の様な相で提督は呟いた。
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