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いつも通りの夕時であった。窓からさす夕日の赤い光に照らされた執務室の中で、提督は書類を目で追い判子、またはサインを書いて机の隅に置く。隣では、秘書艦用の小さな机に、ちょこなん、とおさまった初霜が過去の書類を処理していた。
と、突然初霜の机に置いてある電話が鳴り響いた。初霜は落ち着いて受話器を取り、耳に当てた。
「はい、こちら――」
受話器を耳にあてる初霜をちらりと見てから、提督は手元にある書類に目を戻そうとした。が、それを初霜の声によって止められた。
受話器の片方、声を届ける部分に手を当て、初霜が提督に声をかけたからだ。
「提督、お電話です」
「……んー」
執務室から立ち上がり、提督は初霜の手から受話器を受け取った。基本的に、彼が電話に出るのは余り無い。演習相手からの編成の話なども、基本的に彼は初霜に任せてきた。ただ、最近は少しばかり提督も――いや、この鎮守府自体が変わった。同僚、仲間、友人。それらの横の繋がりを得る為、提督が外との接点を求めたからだ。これも、その結果の一つだった。
「はい、どうもお電話変わりました。こちら――」
受話器越しに提督の耳へと届いた声は、良く演習をする同期の提督であった。お互い、秘書艦も交えず電話越しの会話である。提督は胸中で小さく拳を握った。
「えぇ、はい、ありがとうございます。では明日こちらからそちらへ、……あぁ、すいませんそこまでして頂いて。はい、どうも、はい、はい。では、明日。失礼いたします」
受話器を耳に当てたまま、数秒ほど待って指で電話を切る。提督のこのあたりの癖は、社会に出たときに教え込まれた物だ。切る寸前に相手が何か思い出すこともあるので、受話器から耳を放せないのだ。
提督は受話器を戻し、初霜に顔を向けた。にこにこと微笑む彼女に、提督も笑顔で頷いた。
「明日、予定通り出掛けるから準備開始」
「はい、皆に発令いたします」
背を正し、提督に敬礼して執務室から初霜が去っていく。初霜の姿が消えた執務室で、提督は肩をすくめて頭をかいた。
――まぁ、これで本当の第一歩かなぁ。
演習を良く申し込んでくる同期の提督に接触を図ったのは、提督からだ。彼は電話での会話の中で、是非そちらにお邪魔したい、と時機を見て持ちかけたのである。これを、相手も快諾した。相手の提督にも思惑があるのか、それとも、隠し玉艦隊と称される同期の提督に興味があったのか、それは提督には分からない。分からないが、許可が出たのは事実だ。流石に他の鎮守府の提督が来る、となるとトップ同士だけではなく、鎮守府全体の話になるので相手も即決を控えた様だが、こうして目出度く許可を得られたのだ。
提督は一人、天井を見上げて大きく息を吐いた。
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