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執務室の新人提督
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 ――なんでこうなったんだろう。

 初雪は自身の隣でフライパンに油を引き温め始めた提督を見ながら、目を閉じた。
 
「初雪さん、ばら肉とってー」
「ん、わかった」

 初雪は手元にある豚ばら肉のパックを、油を回す為フライパンを揺らしている提督に渡した。提督はそれを受け取り、ラップを外してあけていく。
 初雪は提督と微かに触れ合った自身の指先をじっと見つめた後、何故こうなったのだろうか、と肉の焼ける音を聞きながら再び目を閉じた。
 
 
 
 
 
 
 
 初雪、という艦娘はインドアである。駆逐艦娘寮の吹雪型姉妹にあてがわれた部屋から、好んで出てくるタイプの少女ではない。部屋にあるノートパソコンとゲーム機、買い置き、または姉妹達の買ってきた本を目にしていれば時間をつぶせる、深雪曰くのちょっと変わった姉、である。
 そんな彼女でも、部屋から出るときは当然ある。友人に呼ばれた時、出撃命令の時、気分転換等などだ。そして現在、雲も少ない夜空の下、月の光に照らされる鎮守府の廊下を初雪が歩く理由は、実に明瞭であった。
 
 ――おなか、すいた。

 そういう事だ。今日の初雪は、完全にオフだった。演習も出撃もなく、遠征もない。朝食べてから昼は軽く済ませ、夕も少しばかり量を減らした。余り動かなかった日には初雪も余り量をとらない。取りすぎれば余分が溜まるからだ。横やなにやらに。
 
 ――気をつけないといけないのは……わかってる。

 初雪は目当ての場所へと足を進めながら自身の横腹を摘んだ。特に目立ってでている物は無い。むしろ第三者が居ればもっと食べろと言う様な華奢さだ。彼女は姉の吹雪に似たのか、頬はぷっくりとしているのだが、全体的な肉付きは薄い。それでも余計なお肉を怖がるのは、乙女特有の悩みなのだろう。
 
 ――夜食は天敵……。わかってるけど。

 それでも、空腹を訴える自身の腹を黙らせる術が初雪には無かった。おまけに空腹すぎて眠れないのだ。こうなっては、もう仕方なかった。
 初雪が目指すのは、間宮食堂でも伊良湖の甘味処でもない。その二つの店は既にしまっている時間であるし、鳳翔がやっている居酒屋も、初雪には少々敷居が高い。ちなみに、この初雪の場合の敷居が高い、は誤用での意味ではない。初雪は実際鳳翔の店で少々失敗した事があるからだ。なれない酒の匂いに当てられ、カウンター席で寝てしまったのである。それも丸一夜、だ。
 鳳翔は微笑んで許したが、初雪自身がそれを許せなかった。人の店で迷惑をかけるなど、決して許されては為らぬ行為である、と初雪が心底恥じたからだ。
 為に、初雪は鳳翔の店に行かない。行けない。行ける筈も無い。こう見えて、艦娘インドア派代表の初雪はお堅いのだ。この辺りも、姉達に似てしまった結果だろう。

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