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執務室の新人提督
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れたと思えばすぐに下げ、危ないと思えば海域の解放一歩前でも撤退した。犠牲無く、無駄なく、彼女達は今この凡人が指揮する鎮守府に在る。
 ただ、今まではそれだけだった。阿武隈にとっての最後の楔は、ただ一つの言葉だった。
 
『おかえりー』

 気の抜けた、そこに在るだけの提督が発した、帰還後の言葉である。
 阿武隈は、その言葉が自身に対して発せられたのだと理解したと同時に、貫かれた。ただの凡人の言葉、たった一つに、だ。
 艦ではなく、少女の体と心を持つ理由と意味を。触れ合う為の体は、分かり合うための心は、傍にある温もりに寄り添い、守る為にあるのだと。
 
 ――やられてるなぁ。

 戦うものとして、思考が偏るのは誉められた事ではない。だが、正解ではないかもしれないが、彼女はそれを過ちだとも思えなかった。提督の為に戦うと決めた時から、阿武隈の在り方はより鋭く、より硬くなったからだ。
 第一水雷戦隊旗艦。提督の盾達の中で将旗を掲げる彼女であるなら、鋭く硬くあってなんの問題があろうか。
 
 ――本当にもう、やられているんだなぁ。私は。

 判然とした想いであり、確固たる慕情であった。
 それでも、もやもやとした胸のうちは晴れない。友愛、情愛、様々な艦娘達の思いの中で、皆が皆どうしたものかと彷徨っている。断られたらどうしよう。嫌われたらどうしよう。受け入れられなかったら、捨てられたら。そんな事ばかり誰もが考える。
 海の上では勇敢な艦娘でも、陸の上では悩み多き少女でしかない。
 
 ――あぁ、いっそ。

「いっそ、霧の中を進んで、抜け駆けしちゃおうか」

 そんな事を呟いて、阿武隈は空を見上げた。
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