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執務室の新人提督
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い双眸のまま荒い息を吐く初霜を、呆然と見つめた。彼女の言った言葉の意味が、上手く青葉の中に入ってこないからだ。
 青葉は小さく笑い、首を横に振った。
 
「何を言っているんですか、初霜さん……提督は、提督はだって居ますよ?」
「……出てこられない状況です」
「ちゃ、着任だってして、この鎮守府の提督として、ここに居ますよ?」
「出られないという一つの不都合がある以上、その着任も提督にとって不都合だった可能性があります」

 青葉は、首を振った。分かっていた事が、理解させられていく。提督は出てこない。執務室から出てこない。誰にも悟られず、誰にも知られず、突如執務室に現れた提督は、執務室から出てこない。
 
 ――違う。
 
 出られない。
 
 半月、そろそろ一ヶ月の時間、提督は執務室から出てこなかった。それを青葉は出てこないと思った。信じた。信じ切って、信じ続けて、今になって悟った。嘘だと。
 呆然とした青葉の相を見上げて、初霜は息を整えて続ける。
 
「あの人の言葉で、提督の言葉で、はっきりと私達にここに在ると明言されない限り、私達は待つべきです」
「それは、いつですか……」

 青葉の濁りだした声に、初霜は瞼を閉じて静かに応えた。
 
「わかりません」
「いつ……! いつになったら、あの人があそこから出て! 私達の傍に、あの人から来てくれるんですか!!」
「わかりません」

 目を閉じたまま、自身の頬を打つ暖かい青葉の涙を受けながら、初霜は手を伸ばした。青葉の頭を優しく抱え、そのまま自身の胸にその顔を運ぶ。
 
「は、初めて出来た重巡だと言ってくれたんです! 嬉しいと……嬉しいといってくれたし、私だって嬉しかったんです……! だから、だから……っ」

 初霜に、もう言うべき言葉はなかった。ただ、泣き続ける青葉を優しく撫で、ただ提督が青葉達とここに共に在ると明言しくれる時を待った。初霜には、彼女にはもう何も出来なかった。
 
 
 
 
 
 
 
 扉の向こうから聞こえてくる声が、泣き声が、提督の胸を抉った。何度も聞いた艦娘の声は、まったく違う響きと彩で提督の耳へ届き、木霊する。扉へ近づき、ドアノブを手にして……ドアを叩いた。
 無慈悲だ。ドアはやはり開かない。
 山城は提督の手元を見ながら、目を丸くした。
 
「実際に見ると、不思議ね……それ、空けようとしているですよね、提督?」
「暢気に言っている場合かい……山城さん」

 提督は冷静そうな山城に振り返り、後悔した。目があえば山城と提督は互いに分かる。山城の目から、提督は冷静さを感じられなかったからだ。
 それでも、今提督にはやるべき事がある。ドアノブを指差し、提督は山城を呼ぶ。
 
「すまない、開けてくれ」
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