そこから
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度を失った室内で、提督は初霜の出してくれたお茶と羊羹を眺めた。そのままじっと眺め続け、10分も過ぎると頬杖をついて見つめ、30分もすると親の敵かと言わんばかりに睨み付けていた。
「――よし」
何かを決したのだろうか。提督は湯飲みに口をつけ、少しばかり嚥下する。ゆっくりと湯飲みを机に置き、初霜が用意したであろう楊枝も使わず、手掴みで羊羹を口へと運び咀嚼する。
飲み込み、何かを確かめるように頷くと、提督は一言呟いた。
「ぬるい」
お茶の事だろう。
「甘い」
羊羹の事だろう。
「なら、これはやっぱり現実で……"リアル"だ」
なんの事だろう。
提督は頭を掻いてから、机の上に置いていた白い帽子を手にして立ち上がる。なんら気負った様子はなく、日常的な動作に過ぎない。ただ、その姿になにか寒さがある。
彼はただ歩く。目は真っ直ぐ一点を見ている。初霜が一礼し、開閉した木製の扉。その銀色に輝くドアノブだ。
小さく息を吐き、大きく息を吸い。そして提督はドアノブに手をかけ、回した。
「……あぁ、今日"も"かい。そりゃあ、また――」
弱弱しく口にした言葉を、提督は途中で放棄した。彼の耳に小さな足音が飛び込んできたからだ。小さな、そう、例えば初霜と呼ばれた少女位の、軽快な足音が、徐々にこの部屋に近づいて来ている。
壁にある時計を一瞥し、苦笑を浮かべ、肩をすくめる。提督は自分の肩をとんとんと叩きながら椅子と戻り、白帽子を無造作に机の上に放り投げ、背もたれにだらしなくもたれかかった。ゆっくりと目を閉じ、扉が開くのを待つ。そこから顔を出すだろう少女の姿を思い浮かべながら。
「提督、ただいま帰還しました」
「あぁ――」
提督の想像通り、部屋へと当たり前に入室してきた初霜の姿に、つい先ほどやった様に肩をすくめる。なんとなく、少女の足音によって途中で遮られた独り言を思い出し、提督は続きを口にしてやろうと唇を舌で湿らせてから、嗤った。
「残酷だねぇー……」
鈍く光るドアノブを見つめたまま、提督は首を横に振った。
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