暁 〜小説投稿サイト〜
進撃の幼子。
【第1部】
【序章】
お手伝いのつもりでした。
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女の子の名前は柚子。

真っ黒な細く柔らかな長い髪と、大きなタレ目がちなツヤツヤの黒曜石のような瞳を持つ2歳を過ぎた小さな女の子です。
まだ足取りが覚束ない小さな柚子の手を引いて、とある施設の前で柚子の母親らしい女は子供の目線までしゃがみこむと、その小さな頭を撫でて涙声でこう言いました。

「・・・お母さん。少しだけ用事があるの。柚子はここで待っていて。・・・お願いよ?」

「ママ?まちゅ?ゆず、まちゅ?」

まだほんの一握りしか言葉が話せず、それでも母親の鬼気迫る表情に何か感じ取ったのか、柚子はペタリと母親に示された低い花壇の淵に腰を落としました。

「そうよ。いい子・・・。ここで待っていれば迎えの人が来てくれるから。だから、それまでいい子でここにいるの。分かった?」

母親は柚子が話を半分以上理解できていないことは分かっていましたが、それでもと言い聞かせます。

「話しかけてくれた人に、このお手紙を渡すの。はいって。出来るわね?」

「ゆず、できりゅっ。えりゃい?」

ふくふくのピンク色のほっぺにえくぼを浮かべてほにゃりと笑った柚子の顔を見て、母親は一瞬、くしゃりと顔を歪ませましたが、もう一度『お願いよ』と言うと、柚子の斜めがけしていた小さなポシェットに手紙を滑り込ませて立ち上がりました。
そう、この母親は孤児の施設の前で、この小さな女の子、柚子を捨てようとしていたのです。

もうすぐ陽が傾くであろう施設の前に、小さな子供が一人でいたら、施設の人が気づいて声をかけてくれると思い、この場所に我が子を置いていく事を決めていました。
それに気づくことのない柚子は、母親の言う言葉に素直に頷きましたが、柚子はまだ幼子です。
母親の言う通りにすれば、褒めてもらえる。それが嬉しいとしか感じていませんでした。
柚子にとっては、母親から受け取ったこの紙を初めて出会った声をかけてきた大人に『はいっ』と渡せばいいという『お手伝い』だったのです。
母親は震える口元を手で隠しながら立ち上がると小さな声で『ごめんなさい・・・』と言い残して走って行きました。

小さな足をプラプラさせながら、柚子は母親の言いつけ通りに誰かが話しかけてくれるのを待ちましたが、子供の待つ時間というものはほんの一瞬でも長く感じてしまうもので、10分も満たない時間でも不安になっていきます。
そしてこの日はお昼寝をする前に母親に家から連れ出されてしまっていたため、柚子はウトウトと船を漕ぎ始めました。

カクンと頭が揺れる度に柚子はくしくしと目を擦って起きる努力をしていましたが、次の瞬間、座っていた後ろの花壇の方へ体は傾きます。
それにまた、『あっ』と思った次の瞬間には後ろへ倒れこんでしまい、きゅうっと目を閉じたのですが、痛みは襲ってきませんでした。
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