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GRAVITYRUNNER
前編 重力戦線異状なし
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玉汗があごから落ちる。
きつく目をつむっていたせいか、視界が酷くぼやけている。
心臓は早鐘のように高鳴り、ズキズキと痛む頭に懸命に血液を送り込む。
火の中にいるように身体が熱かったが、背筋は氷のように冷たい。

ニャア、と、鈴のような鳴き声が枕元から聞こえた。

シルエットは正しく猫だが、目もなければ毛だって生えていない。
表皮は黒く、ところどころがきらめいていて、まるで星空を見ているよう。
わたしの相棒、猫もどきのダスティだ。

記憶もなく、馴染みもない街で途方に暮れていたわたしについて回る謎めいた存在。
しかし、わたしに重力操作の力を貸してくれている張本人でもあり、ダスティがいなければ今のわたしはいなかったと心から思っている。
街での私の居場所を与えてくれた、恩人(恩猫)の1人(1匹)だ。

そういえば、重力操作はダスティなしでは行えないはずなのに悪夢の中ではそんなことお構いなしだ。
夢の中独特の、リアルの排除だろうか。

「起こしちゃった? ――ゴメン、わたしはこのまま起きてるから、お前はお休み」

しばらく私の顔をありもしない目でのぞき込んでいたが、やがて諦めたように寝床であるバスケットに戻っていった。
――心配してくれているのだ。

鼓動が落ち着いてきた。
汗ばむ身体を夜風がなで、途端に寒くなってきた。

ほんの数時間前にお風呂に入ったばかりだったが、もう一度シャワーを浴びることにした。
シャワールームはベッドから3歩の距離だ。



家と表現したが、わたしの住むこの場所は、もとは豪雨による住宅の浸水を防止するために建造され、都市の巨大化と排水効率の上昇に伴い打ち捨てられた大きな鉄の管だった。

世間一般では、土管と呼ばれる。

言い訳だとかそういう類のものではないが、土管といってもベッドを横に配置してそれでもなお机や装飾品を飾れるぐらいには空間に余裕はあるし、わたしがここで暮らし始めたころは、住処を失い職にあぶれ、居場所を奪われた人々が大勢同じように土管暮らしをしていた。
――それでは逆に危険じゃないか、というツッコミは置いておいて。

よくよく考えてみると、そんな食う寝るところにすら困窮する人々を救ったわたしが、数少ない土管暮らしを続ける者の1人というのは、はたから見ればよくわからない話かもしれない。
顔見知りの男性に、以前それを指摘されたことを思い出す。
確か、ここが気に入っているから住んでいるんだ、と返答したはずだ。

その答えは、今も変わっていない。

何もない土管を1からカスタマイズして作り上げたここは、文字通りわたしだけの城だった。

今こうして熱湯を吐き出すシャワーだって、水道管にホースとじょうろの先を組み合わせた、わたしのお手製だ。

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