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GRAVITYRUNNER
前編 重力戦線異状なし
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前書き [1] 最後
『空を飛ぶ』というわけではない。『宙を舞う』というのも、本質とは外れているように思える。

おかしな表現ではあるが、『空に落ちる』というのが、より的確だろうか。

旧市街オルドノワ。
世界を上から下まで繋ぐような巨柱につくしのはかまの如く巻き付く都市、ヘキサヴィルの主要4地区の1つ。
その他3地区のベッドタウンとして栄えるこの街は、記憶をなくしたわたしが初めて目にした街ということもあってか、ヘキサヴィルの中でも一番のお気に入りだった。

住宅の屋根をはるか下に見る高高度から眺めるオルドノワは、老成した貴族にも似た落ち着きのある美しさを備えている。

そんな街に騒乱は似合わない。
もしも存在するのなら、それはわたしが取り除いてみせる。

オルドノワのほぼ中心に位置する噴水、その頂上に立つ少年の像の頭に着地する。
町の人々の姿はない――きっと物陰や建物内に隠れたのだろう。
噴水を囲うようにうごめく『黒い怪物』は、巨大な1つ目をもつ四足生物のようにも、どす黒い化粧台の化け物のようにも見える。

黒い怪物、『ネヴィ』は黒い触手を伸ばし、わたしの体を引き裂こうと襲い掛かる。

それをわたしは超人的なステップでかわし、ネヴィの背後をとる。
ネヴィが振り返る暇も与えずに、巨大な1つ目、弱点であるコアに渾身の回し蹴りを撃ち込む。
全体重と遠心力を乗せた硬いヒールの一撃でコアは粉々に砕け、ネヴィは制御を失い黒い粒子となり塵と消えた。

「……ふぅ!」
緊張から解き放たれ、思わず大きく息を吐く。

ほんの1体、それも小物とはいえ、ネヴィとの戦闘はいつだって死と隣り合わせだ。
触手の先は皮膚を裂き、タックルをもろにうければ骨は折れる。

それでも戦えるのは、それが人々の笑顔に繋がるからだ。

「もう大丈夫。ネヴィはやっつけたよ!」

違和感を感じたのは、安全を知らせても、返事が返ってくるどころか、物陰から顔を出す人もいなかったからだ。

「……みんな?」

そこにはだれもいなかった。
木の影、出店の裏、建物の中、どこを探しても影だって見当たらない。
悲鳴の主だって見つからない。

私の声に誰も反応しないんじゃない。

はじめから誰もいなかった。
だだっ広い街に、わたしだけが立ちつくしていた。



バネのように飛び起きる。
息を荒立て、辺りを見渡すと、そこは見慣れたわたしの家――ベッドの上から見る、いつものわたしの部屋だった。

「……まただ」

時計を見る。
眠りについてからまだ2時間も経っていなかった。

ここしばらく、悪夢を見ない夜はなかった。
原因はわからない。
だが、見るのは夜中で、夢に出てくるのは誰もいない街とネヴィだけ、というのはいつも一致していた。

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