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逆さの砂時計
Side Story
無限不調和なカンタータ
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うがなく、可哀想だが絶対不可」と真顔で同情される始末で。村の人間の反対を押し切った手前、手ぶらで帰るのも躊躇われて……こうして途方に暮れてる次第なんだ」
 「どんだけ不器用なのか、逆に気になるわ! てか、よくそんな、腕と呼べるモノ一つ持たない状態で飛び出せたわね!?」
 「仕方ないよ。楽器なんて、上京するまで一度も触ってなかったし」
 意味が解らん!!
 「楽器を。一度も。触った事すら無いのに? 何故、楽師!?」
 「……村が、寂しかったから」
 体を起こしてよれた服を整えた男は、再度目元に自嘲を浮かべて胡座の姿勢を取った。
 「僕の村は子供でいられる時間がとても短い。でも、娯楽や気休めになる物が全然無くて。朝も昼も夜も働いてばかりで、皆何処か辛そうなのに解消する術が無かった。だから僕が楽師になれば、少しは楽しくできるかもって思ったんだ」
 「で。結果が「帰れ」なワケね」
 「厳格で知られる巨匠に土下座付きで泣き謝られてしまったら、さすがに引き下がるしかないかと」
 人間の文化にあんまり興味は無い。でも、こいつが知的生命体として絶望の極致に居るのは判った。
 ある意味凄いわぁー。無いわぁー。
 「歌は褒められても、演奏できなければ楽師にはなれない。残念だよ」
 「歌?」
 「うん。それなりに歌えたから巨匠も一度は私を弟子にしてくださったし、楽師を選んだのもこれがあればこそで」
 歌、ねぇ?
 「歌ってみなさい」
 「は? えと……うん。わかった」
 男の目がきょとんと瞬き……私の無言の眼光を受けて立ち上がる。
 姿勢を整え、腹に手を当てて深呼吸を繰り返し。最後にすぅっと深く深く息を吸い込んで……
 風が、吹いた。
 「……っ!?」
 なに、これ。
 男の歌声が私の全身を貫いて、森全体を震撼させてる。
 波……これは空気を揺るがす、澄んだ波動だ。
 たった今まで不快な低音ばかり出してた筈なのに、紡ぐ歌言葉の一音一音が周囲の雑音を旋律に「書き換えてる」。
 頭を痛めてた不快な音が、男の歌でがらりと変化していく。
 耳の奥に高く低く響いて広がるのは、胸にも心地好い生命の和音。
 それなりに歌えた? 冗談でしょ?
 こんな音、特性を持たないただの人間が自然に奏でられるとは思えない。
 何者なの、こいつ……!
 「……こんな程度で……え? え!? ど、どうしたの!?」
 歌い終えた男が、ぽろぽろと涙を溢す私を見て狼狽える。
 私だって困ってるわよ。勝手に流れて止まらないんだもの。
 こんな、魂に染み渡るような優しい音初めてで……心臓が強く握られてるみたいに苦しくて、痛い。
 「人間の分際で……ムカつく!」
 「えぇー!?」
 キッと睨み付けた私に、男は慌てて「ごめん」などと謝ってくるが。
 
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