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第三章
「矢追朝香といいます」
「矢追さんですか」
「はい、高校で教師をしています」
落ち着いた声でその仕事のことも話した。
「国語の」
「国語の先生ですか」
そして趣味はです。
「何ですか?」
「音楽です」
車だのバイクだのはここでは隠した。校長先生にそれは絶対に出すなと前以て釘を刺されていたからである。だからであった。
「それに読書をです」
「誰の本を読まれますか?」
「三島由紀夫を」
これは実際に読んだことがあるから答えられた。
「他には石川淳を」
「そうした作家がお好きなのですね」
「はい。それで貴方は」
「私はドラマ鑑賞とスポーツです」
相手はそれだというのだった。
「テニスにラグビーが好きです」
「ラグビーがですか」
「球技が好きでして」
相手はこう話す。
「ですから」
「それで球技なのですか」
「野球も好きです」
このことも話してきた。
「中日が」
「私もです」
先生の今の言葉は条件反射だった。
「私も中日は」
「ファンですか」
「はい、昔から中日ファンです」
「そうだったのですか」
「母が名古屋出身で」
聞かれる前の言葉だった。
「その縁で」
「成程、それで」
「高木守道さんのファンでした」
「私は矢沢健一さんです」
二人共何気に古い選手を出す。
「ドラゴンズはやはりこの二人があってこそですね」
「そう思います。星野監督もいいのですが」
「阪神に行かれましたし」
「残念でした」
「ふむ、野球の話で盛り上がってますね」
校長先生はその状況を見逃さなかった。ここは年の功だった。
「それでは」
「はい」
向こう側もだ。校長先生の言葉に頷いた。
「後は若い人に任せて」
「年寄りはこれで」
こうして先生とその津上という郵便局員だけになった。二人はオーソドックスにホテルの庭も歩いてである。そのうえで話をするのだった。
「まさか同じチームのファンだったなんて」
「奇遇ですね」
「全くです」
こう話しながら二人で話していた。
「それは」
「しかし。ドラゴンズも今年は」
「はい、全くです」
二人の顔がここで曇った。
「憎むべき巨人に先をいかれて」
「無念ですね」
「巨人を倒してこそですから」
先生はむっとした顔で言った。
「本当に」
「その通りです。まずは巨人です」
津上も厳しい顔になっている。
「絶対にです」
「巨人を破ってこそ」
また言う先生だった。
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