ヘオロットの花嫁
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たくない。帰るべき故郷に救われる命は多いのだぞ」
「うむう」
夜が更け数本のワインの瓶が空になるころ、レマーは本気で孫娘と年下の上官であるバイエルライン大将との婚約を取り結ぶ気になっていた。元々目をかけていた部下である。皇帝ラインハルトの台頭がなければ、気鋭の大尉に上官が娘をおしつけるという形で実現していたかもしれない話だった。考えないはずはない。年を取って引っ込み思案になっていたか。
次の休暇に会う孫娘と血気盛んな若い大尉、今は副司令官として仕える上官の顔を思い浮かべながら、レマーは言った。
「帰るべき故郷か。赴く土地を真の故郷とできる者は幸せだ。願わくば、孫にもそうなってほしいものだな」
「卿の孫娘と婿殿なら、案ずることはあるまいよ」
言いつつレマーは老人の感傷だなと自らの言葉を内心自嘲したが、ヴィーゼンヒッターがそれを指摘することはなかった。予知能力者であれば、高次の自分が未来の死を予言したのだと言ったかもしれなかったが、二人は便利そうで不便な能力の持ち合わせもなく、そのようなものを必要とする性分でもなかった。老巧の彼らも皇帝ラインハルトに従った若い部下の多くと同じく、定まった未来など信じはしなかった。
彼らにとって、未来とは自分の手で築くものであった。
例えそのためにいかなる犠牲を払っても。
「この婚約に異を唱える者あらばたった今申し出よ、さもなくば永遠に沈黙せよ」
レマー中将の孫娘がカール・エドワルド・バイエルライン大将と婚約──軍務省も快諾した婚約の祝いはほとんど結婚の宴の体であった──したのは、ささやかな送別の宴から数週間後のことだった。焚きつけたヴィーゼンヒッターはすでに一万光年の旅路にあったが、ミッターマイヤー元帥やバイエルラインの後輩でもあるグーデ、ヨッフム、ホッターら若き提督たち、アダム大尉といったバイエルライン艦隊の司令部の面々が出席しての祝宴は話の決まった経緯を語る者がなくとも十分賑やかなものとなった。
そして彼らの多くが剣に斃れたその後も、残された者と去った者とに慰めと安心とをもたらすことともなった。
「堅実で真摯な軍人。曾祖父のよき後継者」と評されたバイエルライン家の次男がレマー大将となり第三代皇帝の名将列伝にその名を記したのは、この婚約から約半世紀の後のことである。
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