Chapter 3. 『世界を変えた人』
Episode 17. Talkin’ Red Heath, Leavin’ Black Cat
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、人の強い感情も。夜のお墓や鬱蒼とした森のような、気味の悪い場所も。全部怖くて、全部いやだった。
中でも一番いやだったのは「死」だった。
死んだら私の意識は跡形もなく消え、無意識だけが延々と続く。目覚めることが永久にないという恐ろしい世界に、百年もすれば自分も行くことになる。そう思っただけで足がすくみ、指先から熱が逃げていく。どれだけ陽だまりで生きていても、どれだけ心の壁を厚くしても、決して逃げることはできない。その不可避の運命は、幼い頃から私に大きな恐怖をもたらしていた。
なのに、今、この世界ではそれがすぐ隣にある。
敵の攻撃を受け損ねれば、恐ろしいトラップに引っかかれば、犯罪者に襲われれば、たちまちHPはゼロになり、同時に現実世界の自分の身体も死を迎える。たかがゲームなのに、一瞬の油断で命が絶たれる。逃れる方法はなく、この世界から出ることもできない。
「…………ッ」
思わず抱えた膝に爪を立てる。感じるはずの痛みは、しかしこの世界では存在しない。ただ、薄い爪の先が肉に食い込む感触だけが伝わってきて、それがまた、ここが現実じゃない事、この世界に囚われていることを思い出させて、堪らなく嫌になった。
最近手に入れたばっかりの『隠蔽』スキル付きのマントを羽織り、講習の休憩時間に訓練所を抜け出した私は、『はじまりの街』の北部のはずれにある用水路の橋の下で小さくなって震えていた。まだ陽は沈みきってはいないとはいえ、もう空の半分は暗くなっている。あと三十分もしたら、すっかり夜になるだろう。そうなれば、ここは誰にも見つからない。
怖いものが嫌いな私でも、不思議と暗闇は怖くなかった。
何もない真っ暗な場所、目を閉じるだけで自由に行けて、目を開ければ自由に出られる、私だけの小さな世界。その安心感が好きで、私は何かあるとこうして一人でうずくまって自分だけの闇に逃げ込み、不安な気持ちを落ち着けていた。
でも、その姿はきっと、周りから見たらとても陰気に見えるんだろう。この前、あの人にも言われたっけ。確か、根暗、って――
「――いい年こいて、家出なんかすんなよ。誰かに一声かけてから出てけ」
突然の声。心臓が飛び出るかと思うくらい、びっくりした。
出そうになった悲鳴をなんとか堪えてから、被ったマントのフードの端からおそるおそる声のした方を見る。群青色と臙脂色、二つの色が混じりあった空をバックにして、男の人が一人、立っていた。襟のないロングコートにブーツ、背中からは粗末な作りの刀の柄が覗いている。しかめっ面の顔とか荒っぽい言葉づかいは、現実世界でケンカばっかりしてる人たちを思い出すからちょっと苦手だけど、そんなに悪い人じゃないってことはこの数日間でわかっていた。
私たちのお守役、一
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