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ウラギリモノの英雄譚
シュウアク――英雄譚ノ始マリ
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で、停止していた。

「何で……」
 ポトポトと、抱え上げた彼女の体表から触手が落ちて、屑となって消えていく。
 触手の下から人としての莉子の顔が現れる。
 その頬は、月明かりに照らされて赤く染まっていた。



「すごい……」
 夢でも見ているような声で莉子が言う。

「すごいよ、要くん」
 莉子が要の肩をギュッと抱きしめた。
「どんなにわたしが力を振るっても、そんなのものともせずに、要くんはわたしを殺してくれた。完璧に、誰も傷付けること無く、わたしだけを殺してくれた」
 莉子の声が弾んでいる。
 彼女の手が、ワシワシと要の頭を撫でた。

 (ほう)けていた要の思考が理解する。
 彼女は、要の力を推し量るために最後に本気を出してみせたのだ。
「すごいよ、要くん」
 すごいすごいと、彼女は要を褒め称えた。
 褒められたくなかった。

「やめて下さい……」
 呟いた要の声は、興奮した莉子には届かない。
 莉子が理性を取り戻したことで、戦う理由を失った要は、ただ思う。
 ――褒めないで下さい。
「やっぱり、要くんがわたしのヒーローだった」
 恋をする少女のような瞳で、莉子が要を見つめる。
 今の彼女にどれだけ要が綺羅びやかに見えているのかは分からないが、要は今の自分が醜悪に感じられてならなかった。
 ――褒めるな。
 ――褒めないで。
 ――こんな僕を褒めないでくれ。
 ――だって僕は……。






 ――君を、殺そうとしていたんだぞ。





 要の嘆きは莉子に届かない。

「すごい……すごいよ、要くん……」
 ただ彼女は、陶酔するように。
 熱を帯びた声で、ただ何度もそう言いながら。
 慈しむように、要の頭を撫でていた。

 こうして、死ぬことでしか救われない少女と、殺すことでしか守れないヒーローの物語は始まった。



 醜悪な二人の英雄譚が始まった。









                        おわり.



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