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ウラギリモノの英雄譚
ヘンシン――カツテ神童ト呼バレタ所以
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確か、不意に現れた無数の触手に飲み込まれ、そして……。
「ああ、そうか……」
 どうやら、要は咄嗟(とっさ)に変身して身を守ったらしい。
 変身後の要は絶対の防御力を誇る。
 例え五感が働かなくても、仮面の怪人が要を傷付けることは出来ないだろう。
「なら、しばらくは変身したままいないとなぁ……」
 暫くはこの世界にいなければならない。
 幼い自分を見下ろす位置に、要は腰を下ろした。

「ねぇ……。何でそんなに世界を拒絶するんだよ……。目を開けてくれないんだよ……」
 幼い自分に問いかける。
 勿論、返事なんかしてくれない。
「お前がそんな風にしてるから……僕は、戦えないんだろ……」
 こいつのせいで、要はヒーローになれない。
 要は抱えた膝に顔を埋めた。

 随分と、時間が経った。
 これだけ長く『変身』していたのは久しぶりだ。
「どれぐらい経ったかな……」
 時間はわからない。
 外はどうなっているだろうか? 仮面の怪人が暴れ続けてくれていたら、プロのヒーローが既に駆けつけているかもしれない。とっくに保護された要は、病院にでも運ばれているんじゃないだろうか。
「そろそろ良いかな……」
 立ち上がる。
「じゃあ、僕は行くよ」
 ずっと(なが)めていた幼い自分は、やはり微動だにしなかった。
 変身が、解除される。



 真っ暗だった世界に、まぶしい光が差し込む。
 衣服の感触、肌寒さ、口の中の唾液の味……様々な感覚が一斉に戻ってきて、そして――。
 目の前で、真っ白な仮面が要の顔を覗き込んでいた。
「――っ」
 要は生唾(なまつば)を飲み込んだ。
 川岸のブロックにもたれかかる形で座り込んだ要の目の前に、仮面の怪人が膝を付いて要の顔を覗き込んでいたのである。
 まだ脅威は去っていなかった。
 要は再び変身しようと英気(えいき)を集め始めるが、変身を解除したばかりのため思うように英気を体内に集められない。
(今、攻撃されたら……死ぬっ)
 しかし、仮面の怪人は要を襲うような素振りを見せず、それどころかおもむろに立ち上がり、要への興味を失ったように要に背を向けた。

「そうか……君は、ヒーローになれなくなっちゃったんだね……」
 掠れた女の声だった。
 今、この場には要と仮面の怪人しか居ない。
「怪人が……喋った……」
 要はまさかと思った。
 破壊以外の何物ももたらさないはずの怪人が、確かに喋った。
 仮面の怪人が跳躍する。
 一瞬で堤防を飛び越え、川沿いの道路に踊りでた怪人は、そのまま民家を飛び越えて彼方へと消えていった。
「助かった……のか?」
 突如として現れ、突如として去っていく脅威を見つめ、要は呆然とつぶやいた。



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