七話:真夜中
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うとしているかのような光景。
太陽に追いつこうと必死に追いかける月のように決して距離は縮まらない。
『私は人としての幸せを願った。そしてお前はそれに応えてくれている。だが、同時にお前を見ていると何が幸福かが分からなくなってくるのだ』
「……まあ、僕程捻くれた人間もいないだろうしね」
『お前は誰もが望むであろう、一般的な幸福を私に教えている。しかし、人の幸福とは本当にそれだけなのか? 人間の心とはもっと複雑で怪奇なものではないのか?』
リインフォースの問いかけに切嗣は何も返さない。
部屋には痛々しい程の沈黙だけが息をしている。
切嗣は黙ったまま、煙草の箱を取り出し、開けようとして手を止める。
しばらく所在なさげに箱を見つめていたが最後にはため息をつき、ポケットに仕舞い込む。
「そこまで考えられるのなら君はもう立派な人間だよ、リインフォース」
『お前は返事に困ると別の言葉で誤魔化す癖があるな、切嗣』
「ははっ、まるで探偵でも相手にしている気分だよ」
肩をすくめ小さく笑う切嗣。この時ばかりはリインフォースに体がなくて良かったと思う。
もし、体があったのならあの吸い込まれるような紅い瞳で全てを見透かされたような気分になっていただろう。
「確かに君の言う通り、人間の幸福は単純なものじゃない。誰かを笑顔にさせることが幸せな人もいれば、誰かを絶望させることが幸せな人もいる」
『ということは、私に教えている幸福は不完全なものだと?』
「それも少し違うかな。僕から見れば君に教えている幸福は完璧だ。でも、僕以外から見れば変わる。結局のところ、人の幸福はその人が何を望むかで大きく変わるから自分で見つけるしかない」
つまりは、切嗣は様々なサンプルを見せ、そこから自身の幸福を考え出せと言っているのだとリインフォースは解釈する。
己の目で、心で望む幸福を探す求道の道。
ひょっとすると、それこそが人生なのではないかとも考える。
尤も、求道の果てに見つけた幸福が酷く歪んでいる人間もいるかもしれないが。
「僕は契約通り、君が人としての幸せを見つけ出すまでの手伝いをする。それが、僕の思い描く幸福と違っても止める権利はないから安心してくれ」
『……分かった。その言葉をよく覚えておこう』
「さ、大分時間が経ったみたいだし、僕は二時間ほど寝るよ」
『ああ、お休み』
時計は既に夜中の三時を回っており、曇りの為か空には星の光すらなかった。
切嗣が布団もかけずにベッドの上に倒れこむのを見ながらリインフォースは考えるのだった。
自分にとっての幸福とはいったい何なのかと。
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