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猫又
9部分:第九章
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第九章

「これでよし」
 トラは舞台の上で抱き合う二人を見て満足した笑みを浮かべていた。
「嬢ちゃんも想いが適って何よりだ。さて後は」
 用事が済んでも彼は帰ろうとはしなかった。
「最後まで見るか。じっくりとな」
 どっしりと座り込んで姿勢を直して観はじめた。これでも芝居は好きなのである。
「阪神もいいがこっちもな」
 そのまま芝居を楽しんだ。最後のカーテンコールまで堪能したのであった。
 愛の妙薬の舞台が終わってから沙世は変わった。澄也と付き合うようになったのだ。
「上機嫌だね、最近」
「だって若松君がいるもの」
 沙世はトラの言葉ににこにことして答える。
「機嫌悪くないわけないじゃない」
「どう、彼は」
「すっごく優しいのよ」
「そうか、それはよかった」
 それを聞いて安心した。悪い男や悪い女に惚れるということはよくある話だ。惚れた相手のことはまあおおよその見当がついていたがそれが当たって何よりであった。
「じゃあ満足してるんだね」
「勿論よ」
 顔はにこにこしたままである。
「こんなに幸せになっていいなんて信じられないわ」
「ちょっとそれは言い過ぎなんじゃないか」
 おのろけが過ぎる沙世を嗜めた。
「だってこんなのはそこいらにあるものだし」
「それでもいいのよ」
「おやまあ」
 これにはトラも少しびっくりだ。咥えていた煙草を落としそうになる。
 沙世はトラが思っていたよりも純真で一途だった。しかも欲がない。それにあらためて好感を覚えると共にこれからのことに不安も感じたのである。
(この嬢ちゃんはまだまだ見守らないと駄目だな)
 目を細めて心の中で呟く。
(危なっかしいや、全く)
「どうしたの、トラ」
 沙世はそんなトラに顔を向けて尋ねてきた。
「何かにやにやして。昨日阪神負けたのに」
「負けたけれど見るべきものがあったからさ」
 そう答えて誤魔化す。
「負けても何か得られるものがあればそれでいいさ」
「そうなの」
「そこが巨人なんかと阪神が違うところなんだよ。阪神は負けてもそこに何かがあるんだ」
 いつもの論を述べる。
「いいか、野球はそれなんだ」
「そうなの」
「何だってそうだけれどな」
 そして話を修正してきた。
「恋だってな」
「若松君とのことも失敗があるってこと?」
「きっとあるさ。けれどな嬢ちゃん」
 顔を見上げて沙世を見る。
「何があっても心配するな」
 そしてこう言った。
「俺がいるから。いざとなったら相談に乗るぜ」
「乗ってくれるの?」
「当たり前だよ。嬢ちゃんの為なら」
 右の前足で胸をドンと叩いて言う。
「例え火の中水の中だ」
「それじゃあ頼りにさせてもらうね」
「おうよ」
 口調が江戸っ子のものになってきていた
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