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勝利者はない
第三章

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「ならばよしとしよう」
「では我々も」
「乾杯ですね」
「今夜は」
「とっておきのスコッチを用意してある」
 チャーチルは部下達に笑って今度は酒の話をした。
「それを飲むとしよう」
「では今夜は」
「思いきり楽しみましょう」
「勝利の美酒を」
 部下達も笑顔だった、そしてこの日の夜はチャーチルは彼等をスコッチでもてなした。だが勝利の美酒も戦争前よりは美味く感じなかった。
 戦争の後チャーチルは植民地相を務め一時日陰にいて所属する政党も替えたりしていた。戦後イギリスは混乱していたが彼もそうだった。
 その混乱が、少なくとも彼自身のそれは収まったが母国はそうではなかった。イギリスは世界恐慌にも襲われていた。
 その恐慌でイギリスの力は相当に落ちていた、その惨状を植民地を囲い込みイギリスだけの経済圏を作ることで乗り切ろうとしていたが。
 その状況を見てだ、チャーチルは自宅で妻に言った。
 この時も葉巻を吸っていたがだ、言ったのはこのことからだった。
「実にまずい」
「葉巻の味がですね」
「そうだ、まずい」
 こう妻に言うのだった。
「こんなまずい葉巻はない」
「不思議ですね、同じ産地の葉なのに」
「日によって味が違うことがだね」
「私にはそれが不思議で仕方なりません」
「気分の問題なのだよ」
 葉巻を吸うチャーチルの、というのだ。
「私の気が悪いとだ」
「葉巻の味も、ですか」
「それも悪くなるのだよ」
「だからですね」
「今日の葉巻はまずい」
「それもかなり」
「しかしあることがわかった」
 そのまずい葉巻から、というのだ。
「驚くべきことだが残念なことが」
「残念な、ですか」
「今我が国も恐慌の中にある」
 世界恐慌、それのだ。
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