第三章
[8]前話
「よくそんな投げ方出来ましたね」
「握りだけで投げることやな」
「そんなこと普通出来ないですよね」
「あいつ位しか出来んな」
野村もこう選手に返す。
「普通は」
「はい、やっぱり捻らないと」
シュートの握りをしたうえでだ、そのうえで身体の内側に捻って投げるのがシュートだ。スライダーとは逆方向である。
「投げられないのに」
「あいつも最初は捻ってたやろな」
「そうして投げてましたか」
「けど気付いたんやろな」
「捻らないでも投げられることに」
「あいつの場合に限ってな」
あくまで稲尾限定だというのだ、シュートを捻らないで投げられることに。
「そこに気付いたんや」
「投げているうちに」
「どうして気付いたかまではわしもわからんが」
「気付かれたからこそ」
「そうして投げたんや」
「思わぬことにしても」
「そのことに気付いたんや、シュートはな」
実際にシュートを投げる動作をしてだ、野村は選手に話した。
「捻る、そして捻る分だけ肘に負担がかかる」
「それがまずいんですよね」
「他の変化球もそやけどシュートもや」
「捻って肘に負担がかかりますね」
「けれど握ったまま投げられるなら」
「それだけいいことですね」
「それに気付いたのが大きかったんや」
野村は右手を動かしつつだ、選手に話した。
「そのシュートにな、わしは気付いたのはな」
「それは稲尾さんをじっくりと見てですね」
「気付いた、それであいつがわかったけれどな」
「それも凄いことですよ」
「わしならではやな、けどな」
「けれど?」
「野球は気付くことや、偶然でも研究でもな」
「発見、ですね」
選手は唸った、驚きが顔にも出ていた。
「つまりは」
「そやな、偶然でも研究でもな」
「偶然でもですね」
「スライダーにしてもそやろ」
野村は稲尾が世間で言われていた武器、実は見せ球のそれについても話した。
「あれかて最初は偶然の発見やったやろ」
「あっ、藤本英雄さんがですね」
「練習中カーブやら投げてるうちにな」
「たまたま気付いて」
「それで出来たボールやろ」
「はい、確かに」
「そういうものや、思わぬ発見ってあるんや」
今度はスライダーの投げ方をしつつだ、野村は話した。
「野球でもな」
「ううん、野球もそう考えると」
「面白いやろ」
「奥が深いですね」
「そやから止められんのや」
野球人としてもだ、野村は選手に話した。そうしつつ彼は練習に戻った。選手もグラウンドに引き入れながら。
思わぬ発見 完
2015・9・20
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