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剣の丘に花は咲く 
第十六章 ド・オルニエールの安穏
第四話 抱擁
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噤む。
 杖を掲げたタバサが自身の命を奪う魔法を唱えるだろうと、イザベラが最後の意地だとばかりに悲鳴を上げないよう歯を食いしばる。
 一体どんな魔法を使うのだろうか?
 大きな魔法で一発で殺すのだろうか?
 それとも小さな魔法でじわじわと嬲り殺すのだろうか?
 どれだけ強がりを口にしても死は恐ろしいものだ。
 湧き上がる死の恐怖にギュッと目を閉じ、悲鳴を上げそうな口を必死に押さえながら、自分の命を奪うだろうタバサの唱える呪文を耳にする。

「―――ッ!! ―――…………ぇ?」

 不意に風が両手の間を通り過ぎた。
 その後、どれだけ待っても襲ってこない痛みに恐る恐る目を開けると、両手を縛るロープが切られ、その切れ端が手に引っかかっていた。自由になった両手を持ち上げると、引っかかっていたロープが床に落ちた。
 イザベラは床に落ちたロープを見下ろした。一瞬の空白の後、イザベラは顔を上げるとテーブルの上に置かれていたペーパーナイフを掴むと、それをタバサに突き立てようと振り上げた。

「父の仇ッ!!」

 一気に振り下ろされるペーパーナイフ。ナイフとしては鈍らであるペーパーナイフであっても、刺す箇所によれば命を奪えるだろう。イザベラの動きは早く、シルフィードもタバサも動くことは出来なかった。
 しかし、振り下ろされたナイフの切っ先がタバサの身体に突き刺さることはなかった。
 まるで透明な壁があるかのように、タバサの眼前でイザベラが握るペーパーナイフの先が震えている。イザベラは呼吸を荒げながら何度もタバサを突き刺そうと手に力を込めようとしていた。しかし、ペーパーナイフが震えるだけで、一ミリ足りともタバサの身体に突き刺さることはなかった。
 タバサは無言で震えるナイフの先を見つめている。
 タバサが魔法で防いでいるわけではない。
 シルフィードが何かをしたわけでもない。
 ―――イザベラが自分で止めていたのだ。
 イザベラの荒い呼吸音が部屋の中に響く。
 次第に激しい呼吸は収まっていく。
 そうしてそのまま暫らくが過ぎ、部屋の中が静かになると、イザベラが震えた声で尋ねてきた。

「……どうして」
「…………」
「どうして、殺さない……? 情けをかけると……言うの」

 ダラリと垂れ下がった手の中にあるペーパーナイフを、イザベラの手ごと掴んだタバサは、小さく顔を横に振った。

「理由がない」

 タバサのその言葉に、微かに残っていたペーパーナイフを掴んでいた力が抜ける。
 ペーパーナイフがイザベラの手からタバサの手へと移動する。
 タバサはペーパーナイフを後ろに投げ捨てると、顔を俯かせるイザベラに向き直った。

「……なに、言っているの? 理由がない? そんな筈がないわ……わたしはお前を辱めた。
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