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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第五十九話 その流れは伏龍の如く
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伏龍川 東方沿岸 第24強襲銃兵師団司令部
〈帝国〉陸軍東方辺境鎮定第二軍団参謀長 ゲルト・クトゥア・ラスティニアン少将



 龍兵団から受けた報告に彼らは大いに困惑した。
「もぬけの殻?馬鹿な、ここを捨てたら――」
 呻くのも当然だ敵主力軍の後衛は昨日ほんの数刻の間だけで最後の陣地化した要害を放棄したのである。ここを捨てたら虎城まで守るものはないただの平地だ。〈帝国〉軍と正面からぶつかって勝てる者はいない。事実、常道の戦を挑んだ天狼会戦は勿論、敵に地の利があった龍口湾の会戦でも〈帝国〉軍は問題なく勝利している。
 〈皇国〉軍のまともな将校達はまともに戦っては勝てるわけがない、〈帝国〉軍の誰もが同じように敗けるわけがない、と考えていた。
 ゆえに〈皇国〉軍は北領の戦訓を取り込もうとし、野戦築城を尊び、猛獣と夜の闇を戦争に動員した。そして〈帝国〉軍は小細工の入る余地のない決戦を強要しようとしているのだ。

 だからこそ、伏龍川を捨てるという発想は戦場の現実を知り抜いた〈帝国〉軍にとってはあり得ぬことであった。それは虎城まで身を隠せるところはないということだ――未完成の要塞を除けば――の話であるが
「重砲が放棄しております、無論、ほぼすべて爆砕されておりますが、門数から把握するに大隊相当の門数が投棄されております」
 ラスティニアンもまた、その一人である。彼と軍団司令部の面々はまだ到着してから一刻もたっていないが、すでに状況の把握に努めている。

「一日あれば仮設の足場ですが濡れずに渡河ができます、砲車は船を使わねばなりませぬが‥‥」

「蛮軍の部隊であるなら夜間行軍はお手の物、か」
 先行した部隊は連絡が途絶している。何があったかは考えるまでもない。

「騎兵聯隊は一昨日、猛獣使い共に――まだ再編を終えるまでは動かせませぬ」
 ラスティニアンは彼自身が酷使されている駄馬のような顔を更に緊張で引き締めながら言った。
「敵の猛獣使いは騎兵を狙っていました、こうした状況を想定していたのでしょう」

「またもしてやられたか、あるいは我々が蛮軍を過小評価しすぎていたか」

「それほどと見るべきでしょう。夜間浸透などという馬鹿げた真似も、騎兵相手に的確に猛獣使いが襲い掛かるなどという芸当も、背天ノ業があればこそ。そういうことなのでしょうな」
 参謀長の言葉にアラノックは首肯し、そして重々しくこの追撃戦の総指揮官として一つの結論を告げた。
「認めるしかなかろう、あの蛮軍共は完全にこちらの動きを把握している、そして整備された軍組織による秩序だった後退が行われているのだ」
 “史実”と異なりこの点におけるアラノックの判断は現実との乖離は少ない、追撃戦において“馬堂”という名の異物は物語の大局を僅かであるが確かにずらし始
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